・・・それが、その下に、一面に並べてある安直な椅子と、妙な対照をつくっていた。「この曲禄を、書斎の椅子にしたら、おもしろいぜ」――僕は久米にこんなことを言った。久米は、曲禄の足をなでながら、うんとかなんとかいいかげんな返事をしていた。 斎場を・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・第一、そばに立っている日本風のお堂との対照ばかりでも、悲惨なこっけいの感じが先にたってしまう。その上荒れはてた周囲の風物が、四方からこの墓の威厳を害している。一山の蝉の声の中に埋れながら、自分は昔、春雨にぬれているこの墓を見て、感に堪えたと・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・…… 若い楽手の戦死に対するK中尉の心もちはこの海戦の前の出来事の記憶と対照を作らずにいる訣はなかった。彼は兵学校へはいったものの、いつか一度は自然主義の作家になることを空想していた。のみならず兵学校を卒業してからもモオパスサンの小説な・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・得るのであろう加うるに信仰の力と習慣の力と之を助けて居るから、益々人を養成するの機関となるのである、欧風の晩食と日本の茶の湯と、全然同じでないは云うまでもないが、頗る類似の点が多いと聞いて、仮りに対照して云うたまでなれど、彼の特美は家庭・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・限りなき嬉しさの胸に溢れると等しく、過去の悲惨と烈しき対照を起こし、悲喜の感情相混交して激越をきわむれば、だれでも泣くよりほかはなかろう。 相思の情を遂げたとか恋の満足を得たとかいう意味の恋はそもそも恋の浅薄なるものである。恋の悲しみを・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・――私の一人相撲はそれとの対照で段々神経的な弱さを露わして来ました。 俗悪に対してひどい反感を抱くのは私の久しい間の癖でした。そしてそれは何時も私自身の精神が弛んでいるときの徴候でした。然し私自身みじめな気持になったのはその時が最初でし・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・日蔭は日表との対照で闇のようになってしまう。なんという雑多な溷濁だろう。そしてすべてそうしたことが日の当った風景を作りあげているのである。そこには感情の弛緩があり、神経の鈍麻があり、理性の偽瞞がある。これがその象徴する幸福の内容である。おそ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・然を動かし、変わらざる景色を変え、塊然たる物象を化して夢となし、幻となし、霊となし、怪となし、というに至っては水多く山多き佐伯また実にそうである、しかししいてわが佐伯をウォーズウォルスの湖国と対照する必要はない。手帳と鉛筆とを携えて・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・白痴と天使、なんという哀れな対照でしょう。しかし私はこの時、白痴ながらも少年はやはり自然の子であるかと、つくづく感じました。 今一ツ六蔵の妙な癖を言いますと、この子供は鳥が好きで、鳥さえ見れば目の色をかえて騒ぐことです。けれども何を見て・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・しかし信仰のあるモダンガール、モダン婦人はその深みとクラシックとの対照のためにかえって非常に特色のある魅力と、ゆかしみが生じるものである。 そのわけは近代的な思想や、感覚に強い感受性を持っているということは、生命力の活々しさと頭の鋭さと・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫