・・・ いつか芝居で見た様に小判の重い包で頬をいやと云うほど打って、畳中に黄金の花を咲かせたい気がした。 目の前に、金の事となると眼の色を変えてかかる義母の浅ましい様子を見るにつけ、田舎の、身銭を切っても孫達のためにする母方の祖母や、もう・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ステップに近いところに、客から受取った切符をいれるためのニッケル色の小判型の箱がついている。そこに、くっきりした字で285大浦と書いた紙がはりつけられている。きのうまで、この車には大浦何とかいう婦人車掌が乗組み、たとえばさっきのような角へ来・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・私は妹にその詩というのを出して貰って見た。小判の白い平凡な書簡箋に見馴れた父の万年筆の筆蹟で、ところどころ消したり、不規則に書体を変えたり、文句を訂正したりしながら二十行の詩が書かれているのであった。 六十九歳の父が最後のおくりもの、或・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・源太夫が家内の者の話に、甚五郎はふだん小判百両を入れた胴巻を肌に着けていたそうである。 天正十一年に浜松を立ち退いた甚五郎が、はたして慶長十二年に朝鮮から喬僉知と名のって来たか。それともそう見えたのは家康の僻目であったか。確かな事は・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫