・・・お実家には親御様お両方ともお達者なり、姑御と申すはなし、小姑一人ございますか。旦那様は御存じでもございましょう。そうかといって御気分がお悪いでもなく、何が御不足で、尼になんぞなろうと思し召すのでございますと、お仲さんと二人両方から申しますと・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・姑か、舅か、小姑か、他人か、縁者、友だちか。何でも構う事はねえだの。夫人 ああ。人形使 その憎い奴を打つと思って、思うさま引払くだ。可いか、可いかの。夫人 ああ。人形使 それ、確りさっせえ。夫人 ああ。あいよ。(興奮しつ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ お千代はそれほど力になる話相手ではないが悪気のない親切な女であるから、嫁小姑の仲でも二人は仲よくしている。それでお千代は親切に真におとよに同情して、こうなって隠したではよくないから、包まず胸を明かせとおとよに言う。おとよもそうは思って・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・その日もまた頭痛だという姑の枕元へ挨拶に上ると、お定は不機嫌な唇で登勢の江州訛をただ嗤った。小姑の椙も嗤い、登勢のうすい耳はさすがに真赧になったが、しかしそれから三日もたつともう嗤われても、にこっとえくぼを見せた。 その三日の間もお定は・・・ 織田作之助 「螢」
・・・わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あした死ぬる生命、お金ある宵はすなわち富者万燈の祭礼、一朝めざむれば、天井の板、わが家のそれに非ず、あやしげの青い壁紙に大、小、星のかたちの銀紙ちらしたる三円天国、死んで死に切れぬ傷のいたみ、わが友、中村地平・・・ 太宰治 「喝采」
・・・それだけならいいんですが、地方の出張所にいる連中、夫婦ものばかりですし、小姑根性というのか、蔭口、皮肉、殊に自分のお得意先をとられたくないようで、雑用ばかりさせるし、悪口ついでにうんとならべると、女の腐ったような、本社の御機嫌とりに忙しい、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・弟は妻のために、お絹姉さんを、少し文句の多すぎる小姑だと思っていた。 しかし、お絹は、ここでもあまりおひろと気の合った方ではなかった。おひろには森さんがあった。次ぎのお京には、青物問屋の旦那があった。「けれども、たまに行けばお互いに・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・あるいはこれを捨てて用いざらんか、怨望満野、建白の門は市の如く、新聞紙の面は裏店の井戸端の如く、その煩わしきや衝くが如く、その面倒なるや刺すが如く、あたかも無数の小姑が一人の家嫂を窘るに異ならず。いかなる政府も、これに堪ゆること能わざるにい・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・雨だれきゝてあれば かしらおのづとうなだるゝかなぜんまひの小毬をかゞる我指を 見れば鹿の子を髪にのせたや夜々ごとに来し豆売りは来ずなりぬ 妻めとりぬと人の云ひたり意志悪な小姑の如シク/\と いたむ虫歯に我・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・未亡人が教師その他の職業をもっていて一定の経済力があっても、その家の中で舅姑、小姑にたいする「嫁」の立場にかわりはないばかりか、一家の柱として供出、税、どれひとつ男の戸主がいるときどおりにとり立てられ、増加して徴収されていないものはないのが・・・ 宮本百合子 「願いは一つにまとめて」
出典:青空文庫