・・・ 今度小山書店から出版された「妖魔詩話」の紹介を頼まれて、さて何か書こうとするときに、第一に思い出すのはこの前述の不思議な印象である。従って眼前の「妖魔詩話」が私に呼びかける呼び声もまたやはりこの漠然とした不思議な印象の霧の中から響いて・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
一年に二度ずつ自分の関係している某研究所の研究成績発表講演会といったようなものが開かれる。これが近年の自分の単調な生活の途上に横たわるちょっとした小山の峠のようなものになっている。学生時代には学期試験とか学年試験とかいうも・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ 御殿場にて乗客更に増したる窮屈さ、こうなれば日の照らぬがせめてもの仕合せなり。小山。山北も近づけば道は次第上りとなりて渓流脚下に遠く音あり。一八の屋根に鶏鳴きて雨を帯びたる風山田に青く、車中には御殿場より乗りし爺が提げたる鈴虫なくなど・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ ウィリアムが思う人はここには居らぬ。小山を三つ越えて大河を一つ渉りて二十哩先の夜鴉の城に居る。夜鴉の城とは名からして不吉であると、ウィリアムは時々考える事がある。然しその夜鴉の城へ、彼は小児の時度々遊びに行った事がある。小児の時のみではな・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にして足で踏んで器械をまわし、小山のように積まれた稲を片っぱしから扱いて行く。藁はどんどんうしろの方へ投げられて、また新らしい山になる。そこらは、籾や藁から発ったこまかな塵で、変にぼうっと黄いろ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・樺の木の生えた小山を二つ越えてもまだそれほどに近くもならず、楊の生えた小流れを三つ越えてもなかなかそんなに近くはならなかった。 それでもいくらか近くはなった。 二人が二本の榧の木のアーチになった下を潜ったら不思議な音はもう切れ切れじ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・彼女たちが労働者や下層民をさけたために、民主党を支持する人民層の意見が反映しなかったのだろうと、東京新聞で小山栄三が書いている。 ギャラップの世論調査所に働いているのが女子だったから、アンケートの送りさきが限定されたのではなかった。彼女・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・十一月六日、七日と『東京新聞』にのせられた小山栄三氏の「世論調査の誤差」は世論調査の技術について素人である多くの読者にとって興味と知識とを与えた。あの記述によって大統領選挙予測で、その調査所の権威を失墜させたのは今回のギャラップ博士の米国世・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・甲斐の武田勝頼が甘利四郎三郎を城番に籠めた遠江国榛原郡小山の城で、月見の宴が催されている。大兵肥満の甘利は大盃を続けざまに干して、若侍どもにさまざまの芸をさせている。「三河の水の勢いも小山が堰けばつい折れる。凄じいのは音ばかり」・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・安倍君と同じ組には魚住影雄、小山鞆絵、宮本和吉、伊藤吉之助、宇井伯寿、高橋穣、市河三喜、亀井高孝などの諸君がいたが、安倍君のほかには漱石に近づいた人はなく、そのあと、私の前後の三、四年の間の知友たちの間にも、一人もなかった。木曜会で初めて近・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫