・・・と親仁は月下に小船を操る。 諸君が随処、淡路島通う千鳥の恋の辻占というのを聞かるる時、七兵衛の船は石碑のある処へ懸った。 いかなる人がこういう時、この声を聞くのであるか? ここに適例がある、富岡門前町のかのお縫が、世話をしたというか・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・流の上の真中へな、小船が一艘。――先刻ここで木の実を売っておった婦のような、丸い笠きた、白い女が二人乗って、川下から流を逆に泳いで通る、漕ぐじゃねえ。底蛇と言うて、川に居る蛇が船に乗ッけて底を渡るだもの。船頭なんか、要るものかい、ははん。」・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 湖つづき蘆中の静な川を、ぬしのない小船が流れた。大正十三年一月 泉鏡花 「小春の狐」
・・・そしてついに老人を三人の乗ってきた小船に乗せて、沖の方へ流してしまいました。みんなは、これで復讐がとげられたと思いました。もうこれからは、みんな物知りなどというものがいなくて、この国の人々が迷わされる心配のないのを喜びました。しかし、そうし・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ 見ていると、銀色の小舟は、波打ちぎわにこいできました。入り陽が、赤い花弁に燃えついたように、旗の色がかがやいて、ちょうど風がなかったので、旗は、だらりと垂れていました。船の中で、合図をしているように思われました。彼は、がけをおりようか・・・ 小川未明 「希望」
・・・ ある日のこと、猟師たちが、幾そうかの小舟に乗って沖へ出ていきました。真っ青な北海の水色は、ちょうど藍を流したように、冷たくて、美しかったのであります。 磯辺には、岩にぶつかって波がみごとに砕けては、水銀の珠を飛ばすように、散ってい・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・山村水廓の民、河より海より小舟泛かべて城下に用を便ずるが佐伯近在の習慣なれば番匠川の河岸にはいつも渡船集いて乗るもの下りるもの、浦人は歌い山人はののしり、いと賑々しけれど今日は淋びしく、河面には漣たち灰色の雲の影落ちたり。大通いずれもさび、・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・徳二郎は堤をおり、橋の下につないである小舟のもやいを解いて、ひらりと乗ると、今まで静まりかえっていた水面がにわかに波紋を起こす。徳二郎は、「坊様早く早く!」と僕を促しながら櫓を立てた。 僕の飛び乗るが早いか、小舟は入り江のほうへと下・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 舟はしばらく大船小船六七艘の間を縫うて進んでいたが、まもなく広々とした沖合に出た。月はますますさえて秋の夜かと思われるばかり、女はこぐ手をとどめて僕のそばにすわった。そしてまた月を仰ぎ、またあたりを見回しながら、「坊様、あなたはお・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・子供が学校が引けると小舟に乗りこんでやって行って、「マイラセ」という小籠に一っぱいか半ばい位いの鰯を貰って来るのだ。網元を「ムラギミ」と云って、そこの親爺の、嘉平と利吉という二人が、ガミ/\子供を叱りつけた。僕等は、子供の時から、その嘉平と・・・ 黒島伝治 「自伝」
出典:青空文庫