・・・すぐ、小走りに襖の際まで姿を現し、ひょいひょいと腰をかがめ、正直な赫ら顔を振って黒い一対の眼で対手の顔を下から覗き込み乍ら「はい、はい」と間違なく、あとの二つを繰返す。―― 気の毒な老婆は、降誕祭の朝でも、彼女の返事を一つで止め・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・怪訝に思いつつ振返って見ると、派手な帯のところだけ遠目に立たせ若い女が小走りにこちらに向って来る。石川が止ると、手を挙げてひどくおいでおいでをし、力を盛返して駈け出した。変に縋りつくようなところがある。双方から近よると、石川は、「何だね・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・詩人はそのあとを小走りについて、その時、若しそこに人が居たならそれを何と見たでしょう。キット、古い人のかいた名画の中の人がこの美くしい雪の色に誘われて来たんだと思ったでしょう。旅人は夢のような気持で何か暖いものに抱かれたような気持で歩きまし・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・そして小走りに往来をつっきってはす向いの炭屋へゆき、用事がすんだと見えてすぐまた往来を森さんの門に戻って来て戸がしめられた。それは昔の写真の少女の面影をもっていた。美しい人で同時に寂しそうであった。それからまた別の日に、私は団子坂のところで・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・それから半衿のかかった着物を着た、お茶屋のねえさんらしいのが、なにか近所へ用たしにでも出たのか、小走りにすれ違った。まだ幌をかけたままの人力車が一台あとから駈け抜けて行った。 果して精養軒ホテルと横に書いた、わりに小さい看板が見つかった・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫