・・・「君はいくら小遣いをもらうの?」「一日二百円」「へえ……? お父さんの商売は……?」「ジープを作ってる」 彼はびっくりして口も利けなかった。が、喫茶店を出て町を歩いていると、玩具屋で金属製のジープの玩具を売っていた。これ・・・ 織田作之助 「ヒント」
・・・火種を切らさぬことと、時々かきまわしてやることが大切で、そのため今日は一歩も外へ出ず、だからいつもはきまって使うはずの日に一円の小遣いに少しも手をつけていなかった。蝶子の姿を見ると柳吉は「どや、ええ按配に煮えて来よったやろ」長い竹箸で鍋の中・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・老父は小商いをして小遣いを儲けていた。継母は自分の手しおにかけた耕吉の従妹の十四になるのなど相手に、鬼のように真黒くなって、林檎や葡萄の畠を世話していた。彼女はちょっと非凡なところのある精力家で、また皮肉屋であった。「自家の兄さんはいつ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・付添として来た婆やは会計を預っていたので、おげんが毎日いくらかずつの小遣いを婆やにねだりねだりした。「一円でいい」 とまたおげんが手を出して言った。 婆やは小山の家に出入の者でひどくおげんの気に入っていたが、金銭上のことになると・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・の家は、お仲人の振れ込みほどのことも無く、ケチくさいというのか、不人情というのか、わたくしどもの考えとは、まるで違った考えをお持ちのようで、あのひとがこちらへ来てからまる八年間、一枚の着換えも、一銭の小遣いもあのひとに送って来た事が無いんで・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・四十歳、女もしかし、四十になると、……いつもお小遣い銭を持っているから、たのもしい。どだい彼女は、小造りで若く見えるから、たすかる。「田辺さん。」 うしろから肩を叩く。げえっ! 緑のベレ帽。似合わない。よせばいいのに。イデオロギスト・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・よござんすからね、そのお金はお前さんの小遣いにしておおきなさい。多寡が私しなんぞのことですから、お前さんの相談相手にはなれますまいが、出来るだけのことはきッとしますよ。よござんすか。気を落さないようにして下さいよ。またお前さんの小遣いぐらい・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 童子の母さまは、一生けん命機を織って、塾料や小遣いやらを拵らえてお送りなさいました。 冬が近くて、天山はもうまっ白になり、桑の葉が黄いろに枯れてカサカサ落ちました頃、ある日のこと、童子が俄かに帰っておいでです。母さまが窓から目敏く・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 恭二は、行末の知れて居る様な傾いた実家を思うと、金の無心も出来ず、まして、他の人達のする様にそっと母親の小遣いを曲げてもらうなどと云う事も、母の愛の薄いために此家へ来た位だから到底出来る事ではなかった。 中に入って板挾みの目に・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・――みんなこっそり何百円て、お小遣いもらって来ているんです。そうでしょう?」と云う意味のことを云い、娘さん達は白いきれいなユニフォームの肩をくっつけあって、にこやかに誇りをふくんで笑い、敢て否定する人もありません。その場の言葉と光景とは私の・・・ 宮本百合子 「現実の問題」
出典:青空文庫