・・・ 戸内を覗くと、明らかな光、西洋蝋燭が二本裸で点っていて、罎詰や小間物などの山のように積まれてある中央の一段高い処に、肥った、口髭の濃い、にこにこした三十男がすわっていた。店では一人の兵士がタオルを展げて見ていた。 そばを見ると、暗・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・向い側に小間物を行商するらしい中年女が乗って、大きな荷物にもたれて断えず居眠りをしていた。浴衣の膝頭に指頭大の穴があいたのを丹念に繕ったのが眼についた。汚れた白足袋の拇指の破れも同じ物語を語っていた。 相場師か請負師とでもいったような男・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 汽船の外でも西洋小間物屋の店先や、居酒屋の繩のれんの奥から聞こえて来るのが通りすがりに聞かない事はなかった。そういうのは大概「金の逃げ出す音」の種類に属するものであった。しかしそれはこっちで逃げさえすれば追っかけて来ないから始末がよか・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 正面をはいった右側に西洋小間物を売る区画があるが自分はついぞここをのぞいて見た事がない。どういうものか自分はここだけ、よその商人が店借りして入り込んでいる気がする。どうしてこの洋品部が丸善に寄生あるいは共生しているかという疑問を出した・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・以前この辺の町には決して見られなかった西洋小間物屋、西洋菓子屋、西洋料理屋、西洋文具店、雑誌店の類が驚くほど沢山出来た。同じ糸屋や呉服屋の店先にもその品物はすっかり変っている。 かつては六尺町の横町から流派の紋所をつけた柿色の包みを抱え・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・すると霊岸町の手前で、田舎丸出しの十八、九の色の蒼い娘が、突然小間物店を拡げて、避ける間もなく、私の外出着の一張羅へ真正面に浴せ懸けた。私は詮すべを失った。娘の兄らしい兵隊は無言で、親爺らしい百姓が頻に詫びた。娘は俯向いてこそこそと降りた。・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・だから急いで顔を背けて、足早に通り抜け、漸と小間物屋の開店だけは免れたが、このくらいにも神経的になっていた。思想が狂ってると同時に、神経までが変調になったので、そして其挙句が……無茶さ! で、非常な乱暴をやっ了った。こうなると人間は獣的・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
本郷の名物は、いろいろある。たべるものにも、見るものにも。このごろ三丁目のところにマーケット風な店をひろげている小間物店「かねやす」は江戸時代の川柳に「本郷もかねやすまでは江戸のうち」とよまれている。「赤門」も本郷名物・・・ 宮本百合子 「本郷の名物」
出典:青空文庫