・・・あの、小間で生れたのでした。蚊帳の中で生れました。ひどく安産でした。すぐに生れました。鼻の大きいお子でした。色々の事を、はっきりと教えてくれるので、私も私の疑念を放棄せざるを得なかった。なんだか、がっかりした。自分の平凡な身の上が不満であっ・・・ 太宰治 「六月十九日」
・・・上り端の四畳の彼方に三畳の小間がある。そこが夫婦の寝起きの場所で夕飯が始まったらしい。彼等も今晩は少しいつもと異った心持らしく低声で話し、間に箸の音が聞えた。 陽子はコーンビーフの罐を切りかけた、罐がかたく容易に開かない、木箱の上にのせ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・女将は仲間でお茶人さんと云われ、一草亭の許へ出入りしたりしていた。小間の床に青楓の横物をちょっと懸ける、そういう趣味が茶器の好みにも現われているのであった。「――これ美味しいわね、どこの」「河村のんどっせ」 章子と東京の袋物の話・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・昔、金持ちや身分のいい若い息子がお小間使いから始まりいろいろな女に、遊びとしての交渉をもって行き、しかし身をかためるという意味の結婚では、その家と釣合った自分の社会的な体面の玄関口と釣合った娘さんと結婚することが、不思議でなかったし、そのこ・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・貴族の陪審員として、偶然、その日の公判に臨席していたネフリュードフが、シベリア流刑を宣告されたそのカチューシャという売笑婦こそ、むかし若かった自分が無責任にもてあそんだ伯爵家の小間使いであったことを発見する。そして、道徳的責任にたえがたくめ・・・ 宮本百合子 「動物愛護デー」
・・・ 女は先に立って、廊下のつき当りの小間をあけかけたがそこはそのままにして、次の間へ藍子を入れた。「ちょいと御免なさいね、今お火をもって来ますから」 八畳の座敷で、障子の硝子越しに、南天のある小庭と、先にずっと雪に覆われた下谷辺の・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・飯田の小間使いであった。「何か用かい」 君は息が切れて口が利けない。口が利けないまま、石川の着ている羅紗のもじりの袖を掴んでぎゅうぎゅう来た方に引張った。「来て下さい、直ぐ。よ! よ!」 ふと石川は火でも粗忽したのかと思い、・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・それをしたのは、この日本訳にも序文の出ているオクタアヴ・ミルボオ「小間使いの日記」の作者である。 原名「マリイ・クレエル」というこの作品は一九一一年に出版され、発表と同時にフェミナ賞を貰った。彼女は後二十六年の間に「マリイ・クレエルの工・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・ 確かに白樺派に属する若い人々は、まじめに、軽蔑など感ぜず女に対し、たとえば小間使いの女との間に生じた関係をも全心的に経験したであろう。女を一人の女として、階級のゆえんで蹂躙したりは決してしなかったであろうが、概して、これらの若い人道主・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫