・・・その高い音と関係があると言えば、ただその腹から尻尾へかけての伸縮であった。柔毛の密生している、節を持った、その部分は、まるでエンジンのある部分のような正確さで動いていた。――その時の恰好が思い出せた。腹から尻尾へかけてのブリッとした膨らみ。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・老人は、切断された蜥蜴の尻尾のように穴の中ではねまわった。彼は大きい、汚れた手で土を無茶くちゃに引き掻いた。そして、穴の外へ盲目的に這い上ろうとした。「俺は死にたくない!」彼は全身でそう云った。 将校は血のついた軍刀をさげたまゝ、再び軍・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・掃除の仕方が悪いと、長い箒を尻尾に結びつけられて、それをぞろ/\引きずって、これも各班をまわらせる。 それから寝台の下の早馳けというのがある。寝台を並べてあるその下を、全速力で走らせるのである。勿論、立って走れる筈がない。そこで寝台の下・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・犬の尻尾は即ち螺線なのサ。君の頭に生ている毛は螺線に生えてるのサ。イイカネ、螺線の類は非常に多いがネ、第一は直線的有則螺線サ、これは玩弄の鉄砲の中にある蛇腹のような奴サ、第二は曲線的有則螺線サ、これはつまり第一の奴をまげたのと同じことサ、第・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・よく牛が紐のような尻尾で背のあぶを追いながら草を食っていた。彼はそこ以外ではいけないと思った。彼はそこでのことをいろいろに想像した。 龍介は他にお客がなかったとき恵子に「Zの海岸へ行く」都合をきいた。言ってしまって、自分でドキまぎした。・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・見ると、そこいらに遊んでいた犬が奥様の姿を見つけて、長い尻尾を振りながら後を追った。「小山さん、お部屋の方へお膳が出ていますよ」 と呼ぶ看護婦の声に気がついて、おげんはその日の夕飯をやりに自分の部屋へ戻った。 廊下を歩む犬の足音・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ マルは尻尾を振りながら、主人の側へ来た。大塚さんが頭を撫でてやると、白い毛の長く掩い冠さった額を向けて、狆らしい眼付で彼の方を見て、嬉しそうに鼻をクンクン言わせた。 こうして家の内を眺め廻した時は、おせんらしいおせんは一番その静か・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・博士は、よれよれの浴衣に、帯を胸高にしめ、そうして帯の結び目を長くうしろに、垂れさげて、まるで鼠の尻尾のよう、いかにもお気の毒の風采でございます。それに博士は、ひどい汗かきなのに、今夜は、ハンカチを忘れて出て来たので、いっそう惨めなことにな・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ブリキ細工の雀が時計の振子のように左右に動いているのを、小さい鉛の弾で撃つのだ。尻尾に当っても、胴に当っても落ちない。頭の口嘴に近いところを撃たなければ絶対に落ちない。しかし僕は、空気銃の癖を呑み込んでからは、たいてい最初の一発で、これをし・・・ 太宰治 「雀」
・・・ときどき汀の石の上や橋の上に降り立って尻尾を振動させている。不意に飛び立って水面をすれすれに飛びながら何かしら啄んでは空中に飛び上がる。水面を掠めてとぶ時に、あの長い尾の尖端が水面を撫でて波紋を立てて行く。それが一種の水平舵のような役目をす・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫