・・・それが不思議なことには死んだボーヤの小さい時とほとんどそっくりでただ尻尾が長くてその尻尾に雉毛の紋様があるだけの相違である。どこかの飼猫の子が捨てられたか迷って来たかであるに相違ないが、とにかくそのままに居着いてしまって「白」と命名された。・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・そういう時には尻尾を脚の間へ曲げこんで首を垂れて極めて小刻みに帰って行く。赤は又庭へ雀がおりても駈けて行く。庭の桐の木から落ちたササキリが其長い髭を徐ろに動かしてるのを見て、赤は独で勇み出して庭のうちに輪を描いて駈け歩いた。そうしては足で一・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・あの尻尾を振って鬣を乱している所は野馬だね」と茶を飲まない代りに馬を賞めてやった。「冗談じゃない、婆さんが急に犬になるかと、思うと、犬が急に馬になるのは烈しい。それからどうしたんだ」としきりに後を聞きたがる。茶は飲まんでも差し支えない事・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・夜番のために正宗の名刀と南蛮鉄の具足とを買うべく余儀なくせられたる家族は、沢庵の尻尾を噛って日夜齷齪するにもかかわらず、夜番の方では頻りに刀と具足の不足を訴えている。われらは渾身の気力を挙げて、われらが過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するの・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・何てったって、化けるのは俺の方が本職だよ。尻尾なんかブラ下げて歩きゃしねえからな。駄目だよ。そんなに俺の後ろ頭ばかり見てたって。ホラ、二人で何か相談してる。ヘッ、そんなに鼻ばかりピクピクさせる事あないよ。いけねえ。こんなことを考える時ゃ碌な・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・「イヤしくじったでがすヨ、尻尾をひッつかまえると驚いて吠えただからネ」。〔月日不詳〕 正岡子規 「権助の恋」
・・・そいつらを皆病気に罹らせて自分のように朝晩地獄の責苦にかけてやったならば、いずれも皆尻尾を出して逃出す連中に相違ない。とにかく自分は余りの苦みに天地も忘れ人間も忘れ野心も色気も忘れてしもうて、もとの生れたままの裸体にかえりかけたのである。諸・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・もちろん狐の洋服ですからずぼんには尻尾を入れる袋もついてあります。仕立賃も廉くはないと私は思いました。そして大きな近眼鏡をかけその向うの眼はまるで黄金いろでした。じっと私を見つめました。それから急いで云いました。「ようこそいらっしゃいま・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ ところが次の日のこと、畜産学の教師が又やって来て例の、水色の上着を着た、顔の赤い助手といつものするどい眼付して、じっと豚の頭から、耳から背中から尻尾まで、まるでまるで食い込むように眺めてから、尖った指を一本立てて、「毎日阿麻仁をや・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・「馬の尻尾だよ」「ふーむ、本当? どこから持って来たの」「抜いて来たのさ」「――嘘いってら! 蹴るよ」「馬の脚は横へは曲りませんよ。擽ったがってフッフッフッって笑うよ」 ふき子が伸びをするように胸を反して椅子から立ち・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
出典:青空文庫