・・・そこへまた、これくらいな嚇しに乗せられて、尻込みするような自分ではないと云う、子供じみた負けぬ気も、幾分かは働いたのであろう。本間さんは短くなったM・C・Cを、灰皿の中へ抛りこみながら、頸をまっすぐにのばして、はっきりとこう云った。「で・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・ 試験場では、百人にあまる大学生たちが、すべてうしろへうしろへと尻込みしていた。前方の席に坐るならば、思うがままに答案を書けまいと懸念しているのだ。われは秀才らしく最前列の席に腰をおろし、少し指先をふるわせつつ煙草をふかした。われには机・・・ 太宰治 「逆行」
・・・三毛は毒虫にでもさわられたかのように、驚いて尻込みする。それを追いすがって行ってはまた片足を上げる。この様子があまりに滑稽なので皆の笑いこけるのにつり込まれて自分も近ごろになく腹の中から笑ってしまった。 すこし慣れて来ると三毛のほうが攻・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・と尻込みをして、一人一人コソコソと影を隠してしまうだろう。 それ等の同情も、いざという肝腎の場合にはさほどの役には立たない。何と云って禰宜様宮田の肩を持っても、どれほどひどく海老屋の年寄りをけなしても、つまりはなるようにほかならない・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫