・・・続いて尼僧顔がないでもあるまい。それに対して、お誓の処女づくって、血の清澄明晰な風情に、何となく上等の神巫の麗女の面影が立つ。 ――われ知らず、銑吉のかくれた意識に、おのずから、毒虫の毒から救われた、うつくしい神巫の影が映るのであろう。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 一週間経ったある日、八十二歳の高齢で死んだという讃岐国某尼寺の尼僧のミイラが千日前楽天地の地下室で見世物に出されているのを、豹一は見に行った。女性の特徴たる乳房その他の痕跡歴然たり、教育の参考資料だという口上に惹きつけられ、歪んだ顔で・・・ 織田作之助 「雨」
・・・そうして最も純潔な尼僧の生活から、一朝つまらぬ悪漢に欺かれて最も悲惨な暗黒の生涯に転落する、というような実験を、忠実に行なった作品があるとする。それを読む読者は、彼女の中に不変なエネルギーのようなあるものが、環境に応じて種々ちがった相を現わ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・なんとなくこういう僧侶に対する反感のこみ上げて来るのをどうする事もできなかった。尼僧の面会窓がある。さながら牢屋を思わせるような厳重な鉄の格子には、剛く冷たくとがった釘が植えてあった。この格子の内は、どうしても中世紀の世界であるような気がし・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・日本人の尼僧がつれ立って、礼拝堂から出て来た。大浦の天主堂を見た眼では、明るく出来立てで大きく、どこかに東本願寺というような感がしなくもない。 内部も規模大で、祭壇の左右に合唱壇もついて居、堂々としたものだ。ここで、信徒は皆床に坐ると見・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・フランスの旧教の尼僧教育にとじこめられて、白く脆い一輪の無垢な花弁のような貴族の娘が、結婚の第一日から良人に欺かれ、やがて息子にすてられ、悲惨にこの世を終った。そういう受け身な一生ではなく、女が自分から自分の道を選び、それに責任をもち、人間・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫