・・・が、あれだけ農民、農村を知りながら、かくまで農民が非人間的な生活に突き落され、さまざまな悲劇喜劇が展開する、そのよってくる真の根拠がどこにあるかを突きつめて究明し、摘発することが出来ないのは、反都市文学のらち内から少しも出なかった農民文学会・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・やがて、水上のまちが、眼下にくろく展開した。「もはや、ゆうよはならん、ね。」嘉七は、陽気を装うて言った。「ええ。」かず枝は、まじめにうなずいた。 路の左側の杉林に、嘉七は、わざとゆっくりはいっていった。かず枝もつづいた。雪は、ほ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・男爵の眼前には、くだらないことが展開していた。髭をはやした立派な男が腹をへらして、めしを六杯食うという場面であった。喜劇の大笑いの場面のつもりらしかったけれども、男爵には、ちっともおかしくなかった。男がめしを食う。お給仕の令嬢が、まあ、とあ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・あなたに限らず、あなたの時代の人たちに於いては、思惟とその表示とが、ほとんど間髪をいれず同時に展開するので、私たちは呆然とするばかりです。思った事と、それを言葉で表現する事との間に、些少の逡巡、駈引きの跡も見えないのです。あなた達は、言葉だ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・夏から秋へかけての植物界の天然の色彩のスペクトルが高さ約千メートルの岩壁の下から上に残らず連続的に展開されているのである。 眼下の梓川の眺めも独自なものである。白っぽい砂礫を洗う水の浅緑色も一種特別なものであるが、何よりも河の中洲に生え・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ 有色映画 音声を得た映画がさらに色彩を獲得することによっていかなる可能性を展開するかという問題がある。 無声映画の時代にフィルムを単色に染めることによってあるいは月夜、あるいは火事場の気分を出したことがあった。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた砂漠が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調な太鼓とラッパの音がだんだんに遠くなって行く。野羊を引きふろしき包みを肩にしたはだしの土人の女の一群がそのあと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・といってどこに南国らしい森の鬱茂も平野の展開も見られなかった。すべてがだらけきっているように見えた。私はこれらの自然から産みだされる人間や文化にさえ、疑いを抱かずにはいられないような気がした。温室に咲いた花のような美しさと脆さとをもっている・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ と、其処は、本部の裏縁が見えて、縁下の土間まで、いっぱいに、争議団員が、ワイワイ云って騒いでいるのが、真正面に展開されている。 縁の上には、二三十人の若い男たちが、折柄の寒中にもめげず、スポリ、スポリと労働服を脱いで、真ッ裸だ。・・・ 徳永直 「眼」
・・・この型を以て未来に臨むのは、天の展開する未来の内容を、人の頭で拵えた器に盛終せようと、あらかじめ待ち設けると一般である。器械的な自然界の現象のうち、尤も単調な重複を厭わざるものには、すぐこの型を応用して実生活の便宜を計る事が出来るかも知れな・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
出典:青空文庫