・・・が、その力量は風貌と共に宛然 Pelion に住む巨人のものである。 が、容赦のないリアリズムを用い尽した後、菊池は人間の心の何処に、新道徳の礎を築き上げるのであろう? 美は既に捨ててしまった。しかし真と善との峰は、まだ雪をかぶった儘深・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・エリザベス朝の巨人たちさえ、――一代の学者だったベン・ジョンソンさえ彼の足の親指の上に羅馬とカルセエジとの軍勢の戦いを始めるのを眺めたほど神経的疲労に陥っていた。僕はこう云う彼等の不幸に残酷な悪意に充ち満ちた歓びを感じずにはいられなかった。・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・動ともするとおびえて胸の中ですくみそうになる心を励まし励まし彼れは巨人のように威丈高にのそりのそりと道を歩いた。人々は振返って自然から今切り取ったばかりのようなこの男を見送った。 やがて彼れは松川の屋敷に這入って行った。農場の事務所から・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・折角の巨人、いたずらに、だだあ、がんまの娘を狙うて、鼻の下の長きことその脚のごとくならんとす。早地峰の高仙人、願くは木の葉の褌を緊一番せよ。 さりながらかかる太平楽を並ぶるも、山の手ながら東京に棲むおかげなり。奥州……花巻より十・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 草に巨人の足跡の如き、沓形の峯の平地へ出た。巒々相迫った、かすかな空は、清朗にして、明碧である。 山気の中に優しい声して、「お掛けなさいましな。」軒は巌を削れる如く、棟広く柱黒き峯の茶屋に、木の根のくりぬきの火鉢を据えて、畳二畳に・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・椿岳は画人として応挙や探幽と光を争うような巨人ではない。が、応挙や探幽の大作の全部を集めて捜しても決して発見されない椿岳独特の一線一画がある。椿岳には小さいながらも椿岳独自の領分があって、この領分は応挙や探幽のような巨匠がかつて一度も足を踏・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・小説家としては未成の巨人であった。事業家としてドレほどの手腕があったかは疑問であるが、事を侶にした人の憶出を綜合して見ると相当の策もあり腕もあったらしく、万更な講釈屋ばかりでもなかったようだ。実をいうと実務というものは台所の権助仕事で、馴れ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・従って、この特徴と重写の技巧とを併用すれば、一粒の芥子種の中に須弥山を収めることなどは造作もないことである。巨人の掌上でもだえる佳姫や、徳利から出て来る仙人の映画などはかくして得られるのである。このようにカメラの距離の調節によって尺度の調節・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・これらの画像の連続の間に、町の雑音の音楽はアクセレランドー、クレッセンドーで進行して行って、かくして一人の巨人としての「パリ」が目をさましてあくびをする。これだけの序曲が終わると同時に第一幕モーリス住み家の場が映し出されるのである。この序曲・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・四辺の温和な山川の中に神代の巨人のごとく伝説の英雄のごとく立ちはだかっている。富士が女性ならばこれは男性である。苦味もあれば渋味もある。誠に天晴な大和男児の姿である。この美しい姿を眺めながら妙な夢のような事を考えてみるのであった。 誰か・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫