・・・ 私たちの日本が、民主主義の黎明のためについやした犠牲は、なんと巨大なものであったろう。かぞえつくせない青春がきずつけられ、殺戮された。知性もうちひしがれた。民主の夜あけがきたとき、すぐその理性の足で立って、嬉々と行進しはじめられなかったほ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・彼の芸術が日本の文芸史のなかにあれほど巨大な場所を占めているのを見れば、近松の情の世界が、日本の社会の歴史のなかではいかに長い世代にわたって一般の感情に共感をよびさますものであったかがうかがわれる。その封建時代の女心が男女にこぼさせた涙が今・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・をかいた頃、作者は自分の見ているソヴェトの現実が、どんなに巨大な機構のうちの小さくて消極的な断片であり、しかも海岸の棒杭にひっかかっている一本の枝とそこについているしぼんだ花のような題材にすぎないかということは理解しなかったのである。 ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・人気ない樹かげと長い塀との間の朝の地べたから巨大な白い髄が抽け出たような異様さで、その脚元にくさったトマトの濃い赤さ、胡瓜の皮の青さ、噎えたものの匂いをちらばしている。 通りすぎようとする人影に、コリーは同じほどの高さでその顔を向けた。・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・都会の工業生産と、労働者との姿が巨大に素朴にかかれている。 閲兵式につづいてデモはモスクワ全市のあらゆる街筋から、この赤い広場に流れこむ。 日が暮れて、すべてのデモが解散した後も、ここはまだ一杯の人出である。レーニン廟の板がこいの壁・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ 二月十六日 春の日影 Feb. 23rd.巨大な砂時計の玻璃の漏斗から刻々をきざむ微かな砂粒が落るにつれ我工房の縁の辺ゆるやかに春の日か・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・あの亭々たる巨幹をささえるために、太い強靱な根は力限り四方へひろがって、地下の岩にしっかりと抱きついているらしい。あの巨大な樹身にふさわしい根は一体どんなであろう。ことに相隣った樹の根と入りまじって薄い地の層の間に複雑にからみ合っているあり・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・ 復興された東京を見て回って感じさせられたことも、結局はこれと同じであった。巨大な欧米風建築に取り囲まれた宮城前の広場に立ってしみじみと感ぜさせられることは、江戸時代の遺構が実に強い底力を持っているということである。それは周囲に対立者の・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・人間を取り巻く植物、家、道具、衣服等々の細かな形態が、深い人生の表現としての巨大な意義を、突如として我々に示してくれる。風物記はそのままに人間性の表現の解釈となっている。特に人間の風土性に関心を持つ自分にとっては、これらの風物記は汲み尽くせ・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
・・・思いがけぬすばらしさを持っていたせいでもあるが、またそのすばらしさを突然われわれの目の前に持って来てくれた名取君の手腕、というのは、あまり前触れもなしにたった一人で出かけて行って、たった三日の間にあの巨大な岩山の遺蹟を、これほどまでにはっき・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫