・・・ 取扱いが如何にも気長で、「金額は何ほどですか。差出人は誰でありますか。貴下が御当人なのですか。」 などと間伸のした、しかも際立って耳につく東京の調子で行る、……その本人は、受取口から見た処、二十四、五の青年で、羽織は着ずに、小・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・と、お母さまはいって、差出人の名まえをごらんなさったが、急に、晴れやかな、大きな声で、「のぶ子や、お姉さんからなのだよ。」といわれました。 そのとき、のぶ子は、お人形の着物をきかえさせて、遊んでいましたが、それを手放して、すぐにお母・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・ 配達夫の立ち去った後で、お光はようやく店に出て、框際の端書を拾って茶の間へ帰ったが、見ると自分の名宛で、差出人はかのお仙ちゃんなるその娘の母親。文言は例のお話の縁談について、明日ちょっとお伺いしたいが、お差支えはないかとの問合せで、配・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・――なるほど。差出人は判ってるんですか」 新吉が言うと、女は恥かしそうに、「主人です」と言った。「じゃ、荒神口に御親戚かお知り合いがあるわけですね」「ところが、全然心当りがないんです。荒神口なんて一度も聴いたことがないんです・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・と簡単な走り書きで、差出人の名はなかった。葉書一杯の筆太の字は男の手らしく、高飛車な文調はいずれは一代を自由にしていた男に違いない。去年と同じ場所という葉書はふといやな聯想をさそい、競馬場からの帰り昂奮を新たにするために行ったのは、あの蹴上・・・ 織田作之助 「競馬」
ある朝、一通の軍事郵便が届けられた。差出人はSという私の旧友からで、その手紙を見て、はじめて私はSが応召していることを知ったのである。Sと私は五年間音信不通で、Sがどこにどうしているやら消息すらわからなかったのである。つま・・・ 織田作之助 「面会」
・・・ と言う声が聞えて、寺のお婆さんが取次いで持ってきてくれたが、原稿催促の電報だろうと手に取ってみると、差出人が妻の名だったので、私はハッとして息を呑んだ。「雪子が死んだ……」そう思うと封を切る手が慄えた。――チチシスアサ七ジウエノツク―・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・そのうちに、新聞の帯封に差出人の名前を記して送ってくるようになった。Wである。私の知らぬお名前であった。私は、幾度となく首ふって考えたが、わからなかった。そのうちに、「金木町のW」と帯封に書いてよこすようになった。金木町というのは、私の生れ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・そのうちのいちまい、差出人の名も記されてないこれは葉書。 ――私、べつに悪いことをするのでないから、わざと葉書に書くの。またそろそろおしょげになって居られるころと思います。あなたは、ちょっとしたことにでも、すぐおしょげなさるから、私、あ・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・私は、その手紙の差出人のM・Tという男のひとを知っております。ちゃんと知っていたのでございます。いいえ、お逢いしたことは無いのでございますが、私が、その五、六日まえ、妹の箪笥をそっと整理して、その折に、ひとつの引き出しの奥底に、一束の手紙が・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
出典:青空文庫