・・・地平線に近く夕立雲が渦を巻き返して、驟雨の前に鈍った静かさに、海面は煮つめた様にどろりとなって居る。ドゥニパー河の淡水をしたたか交えたケルソンでも海は海だ。風はなくとも夕されば何処からともなく潮の香が来て、湿っぽく人を包む。蚊柱の声の様に聞・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・するとすぐ私の足もとから引いて行った潮水はまた巻き返して波になってさっとしぶきをあげながらまた叫びました。「何にするんだ、何にするんだ、貝殻なんぞ何にするんだ。」私はむっとしてしまいました。「あんまり訳がわからないな、ものと云うものはそ・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・岸との間には大きい白い磯波が巻き返している。いつのまにか薄穢ない老人と子供とが岸べに群がり立った。やがて、体のよい若者のそろった舟が最初に突き進んで来る。磯波は烈しく押し戻す。綱が投げられる。若者が波の間へ飛び込んで行く。舟は木の葉のように・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫