・・・我々は彼の純粋にてかつ美しき感情をもって語られた梁川の異常なる宗教的実験の報告を読んで、その遠神清浄なる心境に対してかぎりなき希求憧憬の情を走らせながらも、またつねに、彼が一個の肺病患者であるという事実を忘れなかった。いつからとなく我々の心・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 人間は宿命的に利己的であると説くショウペンハウァーや、万人が万人に対して敵対的であるというホップスの論の背後には、やはり人間関係のより美しい状態への希求と、そして諷刺の形をとった「訴え」とがあるのである。 その意味において書物とは・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・愚かには違い無いが、けれども、此の熱狂的に一直線の希求には、何か笑えないものが在る。恐ろしいものが在る。女は玩具、アスパラガス、花園、そんな安易なものでは無かった。この愚直の強さは、かえって神と同列だ。人間でない部分が在る、と彼は、真実、驚・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・また物質的にも、精神的にも、何物をも希求せぬほど恬澹であったとは誰も信ずることが出来ない。お佐代さんには慥に尋常でない望みがあり」「必ずや未来に何物かを望んでいただろう。そして瞑目するまで美しい目の視線は遠い遠い所に注がれていて、或は自分の・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・また物質的にも、精神的にも、何物をも希求せぬほど恬澹であったとは、誰も信ずることが出来ない。お佐代さんにはたしかに尋常でない望みがあって、その望みの前には一切の物が塵芥のごとく卑しくなっていたのであろう。 お佐代さんは何を望んだか。世間・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫