・・・ 作者は恐らく周囲に充ちているであろう小説家的日暮しの人工性、稀薄性に呼吸困難を感じ、いかりを蔵して、この一篇に組みうったのであったろう。その作者の気分は、はっきりと感じられる。この作品が道具立てとしてはさまざまの社会相の面にふれ、アク・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・簡素であるということは単純でもあり淡白でもあるということになるだろうが岡崎義恵氏の日本文学研究の中には、淡泊であることが「生命力の稀薄のあらわれ」と見られてもいる。単純なものが俄に複雑な事象に面してどのような混乱に陥り、性急に陥るか。性格は・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・ 嘉村礒多氏は、近頃文章だけについて云ってさえ粗末極まるものが多い稀薄なブルジョア作品の中にあって一種独特なねつさ、粘着力を示して「父の家」を書いている。没落する地方の中地主の家庭内のいきさつを「衆苦充満」とこまかく跡づけ描きつつ、・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・それが手軽く今度は南洋へという風に動くのも、文学の必然の稀薄さのあらわれと云える。それならば、農民の生活を描こうとする作家は、みんなそれぞれの故郷の田舎に一人の農民としての日々を暮しつつ、その上で作品をかいて行ったらよいだろうと思えるし、そ・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・よって一層切迫した現段階において、特に近づきつつある人民革命の歴史的意義を規定する明治維新から取材し現実の闘争のもっとも必要なモメントとして描かるべき歴史小説としては、方法論的に不充分であり、階級性が稀薄であるという結論に概括される。「・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・の内省と苦悩とが真に読者の肺腑をつく態の真摯な人間的情熱を欠いているところに、この作品の稀薄さが在るのである。 人道主義的なセンチメンタリズムを蹴たおして、仮借なく現実を踏み越えて生きようとする気組も、作品として十分の落付いた肉づけ、客・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ている青年男女の体格低下の問題や、婦人労働者の退職手当金の問題、又頻々たる心中事件の意味など、恋愛論が、恋愛論の枠の中を廻っていただけでは解決し得ぬ先行的事情が、附随してとりあげられなければ、実際性は稀薄なのである。ひとは「物云わねば腹ふく・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・この要求を抱いて院展の諸画に対する時、我らはその人格的香気のあまりにも希薄なのに驚かされる。たまたま強い香気があるとすれば、それはコケおどしに腐心する山気の匂いであり、筆先の芸当に慢心する凝固の臭いであって、真に芸術家らしい独自な生命燃焼の・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ しかしこの直接印象の希薄は、想像力の集中と、省察の緊張とによって、ある程度まで救うことができる。そうしてそれは我々日本人が世界的潮流に遅れないために不断に努力すべき所である。 ヨーロッパ人は今異常に苦しんでいる。日本人はその苦しみ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・お前の体験はそれほどに希薄だ。 しかし私は答える。歓喜を産む可能性のない苦患は「生きている人」にはあり得ない。苦患の色を帯びない歓喜は「生に触れない人」にのみあり得る。そのような苦患と歓喜とは、息をしている死人や腐った頽廃者などの特権だ・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫