・・・溪側にはまた樫や椎の常緑樹に交じって一本の落葉樹が裸の枝に朱色の実を垂れて立っていた。その色は昼間は白く粉を吹いたように疲れている。それが夕方になると眼が吸いつくばかりの鮮やかさに冴える。元来一つの物に一つの色彩が固有しているというわけのも・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ グリーンホテルからの眺望には独特なものがある。常緑樹林におおわれた、なだらかなすそ野の果ての遠いかなたの田野の向こうには、さし身を並べたような山列が斜め向きに並び、その左手の山の背には、のこぎり歯というよりは乱杭歯のような凹凸が見える・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・そうして木立ちの代わりに安価な八つ手や丁子のようなものを垣根のすそに植え、それを遠い地平線を限る常緑樹林の代用として冬枯れの荒涼を緩和するほかはなかった。しあわせに近所じゅういったいに樹木が多いので、それが背景になって樹木の緑にはそれほど飢・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・西洋でも花瓶に花卉を盛りバルコンにゼラニウムを並べ食堂に常緑樹を置くが、しかし、それは主として色のマッスとしてであり、あるいは天然の香水びんとしてであるように見える。「枝ぶり」などという言葉もおそらく西洋の国語には訳せない言葉であろう。どん・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 常磐木ばかりの庭はつまらない うちの庭は、殆ど常緑樹ばかりだ。東の南の背の高い、よく雀が来てとまるひば、一杯の引かぶった松、あすなろう。八つ手、沈丁、梅、花のさかないかれた梅、*中、つやのない葉を隣りの家の西日のさ・・・ 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・ ベンチのぐるりと並んだ花壇を抜け、彼等は常緑樹の繁った小径へ入った。どこまでも黙って歩いた。やがて竹藪の間へ来かかった。「みのえちゃん」 彼を見上げた口の上へ油井はキスした。 ○ 二定点・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ 赤みを帯びた卵色の地の色と、常緑樹と、軽い水色の空は、風景にふしぎな愛しみと暖かみを与える。とりのこされた綿の実が、白く見える耕地からゆるやかな起伏をもって延びて居る、色彩の多い遠景、近くに見ると、色絨壇のような樹々の色も、遠くなるに・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・あとに取り残された常緑樹の緑色は、落葉樹のそれよりは一層陰欝で、何だか緑色という感じをさえ与えないように思われる。ことに驚いたことには、葉の落ちたあとの落葉樹の樹ぶりが、実におもしろくなかった。幹の肌がなんとなく黒ずんでいてきたない。枝ぶり・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
・・・この対照は、常緑樹と落葉樹というにとどまらず、剛と柔との極端な対照のように見える。が一層重要なのは枝のつき工合である。松の枝は幹から横に出ていて、強い弾力をもって上下左右に揺れるのであるが、欅の枝は幹に添うて上向きに出ているので、梢の方へ行・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫