・・・本屋へ話したが引き受けるという者はなし、友達から醵金するといっても今石塔がやっと出来たばかりでまた金出してくれともいえず、来年の年忌にでもなったらまた工夫もつくであろうという事であった。何だか心細い話ではあるがしかし遺稿を一年早く出したから・・・ 正岡子規 「墓」
・・・忌日にさきだって、紫野大徳寺の天祐和尚が京都から下向する。年忌の営みは晴れ晴れしいものになるらしく、一箇月ばかり前から、熊本の城下は準備に忙しかった。 いよいよ当日になった。うららかな日和で、霊屋のそばは桜の盛りである。向陽院の周囲には・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・某年に芝泉岳寺で赤穂四十七士の年忌が営まれた時、棉服の老人が墓に詣でて、納所に金百両を寄附し、氏名を告げずして去った。寺僧が怪んで人に尾行させると、老人は山城河岸摂津国屋の暖簾の中に入った。 二 竜池は家を継いで・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ 翁は五節句や年忌に、互いに顔を見合う親戚の中で、未婚の娘をあれかこれかと思い浮べてみた。一番華やかで人の目につくのは、十九になる八重という娘で、これは父が定府を勤めていて、江戸の女を妻に持って生ませたのである。江戸風の化粧をして、江戸・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫