・・・まだ幼稚園にいるうちに智慧の悲しみを知ることには責任を持つことにも当らないからね。 追憶。――地平線の遠い風景画。ちゃんと仕上げもかかっている。 女。――メリイ・ストオプス夫人によれば女は少くとも二週間に一度、夫に情欲を感ずるほど貞・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 一七 幼稚園 僕は幼稚園へ通いだした。幼稚園は名高い回向院の隣の江東小学校の附属である。この幼稚園の庭の隅には大きい銀杏が一本あった。僕はいつもその落葉を拾い、本の中に挾んだのを覚えている。それからまたある円顔の女・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・は芝の新銭座からわざわざ築地のサンマアズ夫人の幼稚園か何かへ通っていた。が、土曜から日曜へかけては必ず僕の母の家へ――本所の芥川家へ泊りに行った。「初ちゃん」はこう云う外出の時にはまだ明治二十年代でも今めかしい洋服を着ていたのであろう。僕は・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・子供のことには好く心を懸けられる性質で、日曜日には子供がめいめいの友達を伴れ込んで来るので、まるで日曜幼稚園のようだと笑っていられた。 作から見れば夏目さんはさぞかし西洋趣味の人だったろうと想像する人もあるようだが、私の観たところでは全・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・其大部分は幼稚園若くは尋常一二年の童児であったろう。此の時代、文人の収入を得る道が乏しく、文人が職業として一本立ちする能わず、如何に世間から軽侮せられ、歯いされなかったかは今の若い作家たちには十分レハイズする事が出来ぬであろう。今日でも文学・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・「いやらし。幼稚園、晩にはあれへんわ」 義兄が出て来た。「早うお出でな。放っといてゆくぞな」 姉と信子が出て来た。白粉を濃くはいた顔が夕暗に浮かんで見えた。さっきの団扇を一つずつ持っている。「お待ち遠さま。勝子は。勝子、・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・光子さんといって、幼稚園へでもあがろうという年頃の小娘のように、額のところへ髪を切りさげている児だ。袖子の方でもよくその光子さんを見に行って、暇さえあれば一緒に折り紙を畳んだり、お手玉をついたりして遊んだものだ。そういう時の二人の相手は、い・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・学童を愛する点に於いては、学童たちの父母に及びもつかぬし、子供の遊び相手、として見ても、幼稚園の保姆にはるかに劣る。校舎の番人としては、小使いのほうが先生よりも、ずっと役に立つし、そもそもこの、先生という言葉には、全然何も意味が無い。むしろ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・まだ幼稚園へも行かれないような幼児が多いが、みんな一生懸命に傾聴している。勿論鼻汁を垂らしているのもある。とにかく震災地とは思われない長閑な光景であるが、またしかし震災地でなければ見られない臨時応急の「託児所」の光景であった。 この幼い・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・たぶん幼稚園の友だちの家だろうと思われた。「セツ子さんは毎朝おとうさんが連れて来るのよ。」……「おとうさんはいつになったらお役所へ出るの。……出るようになったら幼稚園までいっしょに行きましょうね。」こんな事をぽつりぽつり話した。表通りへ出る・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
出典:青空文庫