・・・今より二十何年前にはイクラ文人が努力しても、文人としての収入は智力上遥に劣ってる労働階級にすら及ばないゆえ、他の生活の道を求めて文学を片商売とするか、或は初めから社会上の位置を度外して浮世を茶にして自ら慰めるより外仕方が無かったのである。・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・抽出法と云って、自分の熱心なところだけへ眼をつけて他の事は皆抽出して度外に置いてしまう。度外に置く訳である。他の事は頭から眼に這入って来ないのであります。そうなると本人のためには至極結構であるが、他人すなわち同方向に進んで行かない人にはずい・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・つまり人格から出た品位を保っている本統の紳士もありましょうが、人格というものを度外に置いて、ただマナーだけを以て紳士だとして立派に通用している人の方が多いでしょう。まあ八割位はそうだろうと思います。それで文展の絵を見てどっちの方の紳士が多い・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ ゆえにいわく、今の時にあたりては、学者は区々たる政府の政を度外に置き、政府は瑣々たる学者の議論を度外に置き、たがいに余地を許してその働をたくましゅうせしめ、遠く喜憂の目的をともにして間接に相助くることあらば、民権も求めずして起り、政体・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・要は唯其人の内部に立入ることを為さずして度外に捨置き、事情の許す限り之を近づけざるに在るのみ。一 夫妻同居して妻たる者が夫に対して誠を尽す可きは言うまでもなき事にして、両者一心同体、共に苦楽を与にするの契約は、生命を賭して背く可らずと雖・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・事実に国の富強文明を謀るのみならず、外面の体裁虚飾に至るまでも、専ら西洋流の文明開化に倣わんとして怠ることなく、これを欣慕して二念なき精神にてありながら、独りその内行の問題に至りては、全く開明の主義を度外に放棄して、純然たる亜細亜洲の旧慣に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・水中に何物を混じ何物を除けば剛水となり、また軟水となるかの証拠を求めず、重炭酸加爾幾は水に混合してその性を剛ならしめ、鉄瓶等の裏面に附着する水垢と称するものは、たいてい皆この加爾幾なりとの理は、これを度外におきて推究したる者あるを聞かず。今・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
出典:青空文庫