・・・ 一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないでまるくなり、ぐるぐるぐるぐる座敷のなかをまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお振舞によばれて来たのです。 ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんでおりました。・・・ 宮沢賢治 「ざしき童子のはなし」
・・・土間からいきなり四畳、唐紙で区切られた六畳が、陽子の借りようという座敷であった。「まだ新しいな」「へえ、昨年新築致しましたんで、一夏お貸ししただけでございます。手前どもでは、よそのようにどんな方にでもお貸ししたくないもんですから……・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・三男市太夫、四男五太夫の二人がほとんど同時に玄関に来て、雨具を脱いで座敷に通った。中陰の翌日からじめじめとした雨になって、五月闇の空が晴れずにいるのである。 障子はあけ放してあっても、蒸し暑くて風がない。そのくせ燭台の火はゆらめいている・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・梶は膝の上に手帖を開いたまま、中の座敷の方に背を向け、柱にもたれていた。枝をしなわせた橙の実の触れあう青さが、梶の疲労を吸いとるようであった。まだ明るく海の反射をあげている夕空に、日ぐらしの声が絶えず響き透っていた。「これは僕の兄でして・・・ 横光利一 「微笑」
・・・あるとき藤村は、置き物を一つか二つに限った清楚な座敷をながめて、こうきれいに片づいていると、寒々とした感じがしますね、と言ったことがある。 その藤村が自分の家を建てたいと考え始めたのは、たぶん長男の楠雄さんのために郷里で家を買ったころか・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫