・・・一生の廃れ者になってしまう。」七 その頃私はマダ沼南と交際がなかった。沼南の味も率気もない実なし汁のような政治論には余り感服しなかった上に、其処此処で見掛けた夫人の顰蹙すべき娼婦的媚態が妨げをして、沼南に対してもまた余りイイ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・この窟地理の書によるに昇降およそ二町半ばかり、一度は禅定すること廃れしが、元禄年中三谷助太夫というものの探り試みしより以来また行わるるに至りしという。窟のありさまを考うるに、あるいは闊くなりあるいは狭くなり、あるいは上りあるいは下り、極めて・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・これだけでもロマンチックの道徳はすでに廃れたと云わなければならない。その上今日のように世の中が複雑になって、教育を受ける者が皆第一に自治の手段を目的とするならば、天下国家はあまり遠過ぎて直接に我々の眸には映りにくくなる。豆腐屋が豆を潰したり・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・それで、実はこれは廃れた食物であります。成分は蛋白質が二二パアセント、脂肪が十八ポイント七パアセント、含水炭素が零ポイント九パアセントですが、これは只今ではあんまり重要じゃありません。油揚の代りに近頃盛んになったのは玉蜀黍です。これはけれど・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・森の奥、廃れた見世物小屋、 二十七日 A、Lake George に立つ。 二十八日 金曜。いつ結婚するか、Aは good reputation を持たない等と話す。 二十九日 土曜、Aかえる。Grand Central ・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・いかにも関東の古寺らしく、大まかに寂び廃れた趣きよし。関西の古寺とは違う。雰囲気が。 小僧夕方のお勤め。木魚の音。やがて背のかがんだ年よりの男が別な小僧をつれて出て来、一方の大きい浅草観音のと同じ扉をギーとしめ、こっちに来て賽銭箱をあけ・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
新築地の「建設の明暗」はきっと誰にとっても終りまですらりと観られた芝居であったろうと思う。 廃れてゆく南部鉄瓶工の名人肌の親方新耕堂久作が、古風な職人気質の愛着と意地とをこれまで自分の命をうちこんで来た鉄瓶作りに傾けて・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・直ぐその下を私が通りがかりつつある一八〇〇年代の建造らしい南欧風洋館の廃れた大露台の欄干では、今、一匹の印度猿が緋のチョッキを着、四本の肢で一つ翻筋斗うった。 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・のような廃れたものに同情して、脚本の主人公にする。危険ではないか。お負に社会主義の議論も書く。 独逸文学で、Hauptmann は「織屋」を書いて、職工に工場主の家を襲撃させた。Wedekind は「春の目ざめ」を書いて、中学生徒に私通・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫