・・・――杉垣の破目へ引込むのに、かさかさと帯の鳴るのが浅間しかったのである。 気咎めに、二日ばかり、手繰り寄せらるる思いをしながら、あえて行くのを憚ったが――また不思議に北国にも日和が続いた――三日めの同じ頃、魂がふッと墓を抜けて出ると、向・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・段々秋が深くなると、「これまでのは渡りものの、やす女だ、侍女も上等のになると、段々勿体をつけて奥の方へ引込むな。」従って森の奥になる。「今度見つけた巣は一番上等だ。鷺の中でも貴婦人となると、産は雪の中らしい。人目を忍ぶんだな。産屋も奥御殿と・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・その はい、お名……云いかけて引込むと、窺いいたる、おりくに顔を合せる。りく 私、知っててよ。いらっしゃいまし。白糸 おや。りく あの、お訊ねになりました、旦那様のお名は、欣弥様でございますの。白糸 はあ、そ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・どうです、私が引込むもんだから、お京さん、引取った切籠燈をツイと出すと、――この春、身を投げた、お嬢さんに。……心中を仕損った、この人の、こころざし―― 私は門まで遁出したよ。あとをカタカタと追って返して、――それ、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・目の前には、いろいろの雑草の花が、はげしい日光を浴びながら咲いて、ちょうや、はちが飛び集まっているのがながめられましたけれど、ここだけは、まったく日が陰って、広い野を越えて吹いてくる風は、汗の引き込むほど涼しかったのでした。「そうだ。遠・・・ 小川未明 「曠野」
・・・田舎へでも引込むか、ちいさくなるか――誰一人、打撃を受けないものはない。こんな話を新七は母にして聞かせた。 お三輪は思い出したように、「あの橘町辺のお店はどうなったろう」「バラックを建ててやってはいますが、みんな食べて行くという・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・見物は義理からの拍手を送るのに骨を折っているように見え、踊り子が御挨拶の愛嬌をこぼして引込む後姿のまだ消え切らぬ先に拍手の音の消えて行くのが妙に気の毒であった。 これらと比較のために宝塚少女歌劇というものも一度見学したいと思っていた。早・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 光秀が妹から刀を受取って一人で引込むところは、内容として不都合がない。だから芸術上の上手下手を云う余地があったのです。あすこはあなたがたも旨いと云った。私も旨いと思います。ただし、あすこの芸術は内容を発現するための芸術でしょう。 ・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・笑う時にはいつもいつも頭を左の肩の上にのせて、手の甲で口を押える様にして、ハッハッハッと絶れぎれに息を引き込む様に笑った。その様子が体につり合わないので、笑う様子を見て居る者がつい笑わされるのである。「まあ、貴方、郡山さ芝居が掛りま・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 止すさ。引込むだけのことさ。そして、冷めきってからまたやるんだ! それが遊びだ」 ゴーリキイには益々この男が気に入り、彼の話しぶりは、輝やかしい祖母さんの物語を連想させる程である。しかし、どうしてもこの男には気に入らぬところがあった。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫