・・・それが一種の水平舵のような役目をするように見える。それにしてもこの鳥が地上に下りている時に絶えず尾を振動させるのはどういう意味だか分からない。ああやっている方が、急に飛出すときに身体の釣合をとるために好都合かとも思ってみる。実際電線に止まっ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・この二十貫目の婆さんはむやみに人を馬鹿にする婆さんにして、この婆さんが皮肉に人を馬鹿にする時、その妹の十一貫目の婆さんは、瞬きもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目の間に現るるかを検査する役目を務める、御役目御苦労の至りだ、この・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・習慣という如きことは、普通は、哲学的に重要な役目を有つとは考えられないのであるが、ラヴェッソンなどの哲学においては、習慣というものが世界観の根本的な役目をしている。ラヴェッソンはシェリングの影響を受けたというが、シェリングの同一が、メーン・・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ 一本は真正面に、今一本は真左へ、どちらも表通りと裏通りとの関係の、裏路の役目を勤めているのであったが、今一つの道は、真右へ五間ばかり走って、それから四十五度の角度で、どこの表通りにも関りのない、金庫のような感じのする建物へ、こっそりと・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・父母たる者の義務として遁れられぬ役目なれども、独り女子に限りて其教訓を重んずるとは抑も立論の根拠を誤りたるものと言う可し。世間或は説あり、父母の教訓は子供の為めに良薬の如し、苟も其教の趣意にして美なれば、女子の方に重くして男子の方を次ぎにす・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・それから船頭が、板刀麺が喰いたいか、飩が喰いたいか、などと分らぬことをいうて宋江を嚇す処へ行きかけたが、それはいよいよ写実に遠ざかるから全く考を転じて、使の役目でここを渡ることにしようかと思うた。「急ぎの使ひで月夜に江を渡りけり」という事を・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・「若さま、さあおっしゃい。役目として承らなければなりません」 シグナルは、やっと元気を取り直しました。そしてどうせ風のために何を言っても同じことなのをいいことにして、「ばか、僕はシグナレスさんと結婚して幸福になって、それからお前・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・彼等の皆は、舞台の上で自分達の持っている役目を真面目に心に置いて振舞っていたのだろうか。特に、イサベルが激しい熱情で悲惨な身の上話を始めてからの周囲は、自分にとって真個に快いものでなかった。 第一、今の今まで女王だとか、お前のおかげだと・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・「なにこのたびのお役目は外記が申し上げて仰せつけられたのか」「そうじゃ。外記殿が殿様に言われた。数馬は御先代が出格のお取立てをなされたものじゃ。ご恩報じにあれをおやりなされいと言われた。もっけの幸いではないか」「ふん」と言った数馬の・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ が、湿気と結びついて土壌が重要な役目をしていることも見のがすわけには行かぬ。樹木の姿の相違などはそこに起因しているように思われる。武蔵野の土は、岩石の風化でできた土とは、非常に違ったものである。いくら掘ってみても同じようにボコボコして・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫