・・・ 今から何万年の後に地球上の物理的条件が一変して再び犀かあるいは犀の後裔かが幅をきかすようになったとしたら、その時代の人間――もし人間がいるとしたら――の目にはこの犀がおそらく優美典雅の象徴のように見えるであろう。そういう時代が来ないと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・思うに絵巻物と、その後裔であるところの活動映画も言わばやはり一種の「時の器械」である。時の歩みを順にも逆にも速くもおそくも勝手に支配することができる。もっとも物理的機構にたよる活動映画では、物質的実在世界の未来は写されないし、フィルムに固定・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・同時にユダヤ人の後裔にとっての一つの神なるエホバは自ずから姿を変えて、やがてドルになりマルクになった。その後裔の一人であったマルクスには、「経済」という唯一の見地よりしか人間の世界を展望することが出来なかった。それで彼の一神教的哲学は茫漠た・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・愚かなるわれら杞人の後裔から見れば、ひそかに垣根の外に忍び寄る虎や獅子の大群を忘れて油虫やねずみを追い駆け回し、はたきやすりこ木を振り回して空騒ぎをやっているような気がするかもしれない。これが杞人の憂いである。・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・これは江戸名所図会にも載っている、あれの直接の後裔であるかどうかは知らないがともかくも昔の江戸の姿をしのばせる格好の目標であった。 なんでも片方が「本家」で片方が「元祖」だとか言って長い年月を鬩ぎ合った歴史もあったという話を聞いたことが・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 二 科学上の学説、ことに一人の生きているアダムとイヴの後裔たる学者の仕事としての学説に、絶対的「完全」という事が厳密な意味で望まれうる事であるかどうか。これもほとんど問題にならないほど明白に不可能な事である。た・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・現在先端的な問題の一つと考えらるる宇宙線の研究でも、実はこの昔の粗末な実験の後裔であるとも見られなくはないのである。また昔レーリー卿が紅茶茶わんをガラス板の上ですべらせてみて、ガラスのよごれ方でひどく摩擦のちがうことを見て考え込んでいたこと・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・ 実際昔も今も、科学の前衛線に立って何か一つの新しき道を開いた第一流の学者たちは、ある意味でルクレチウスの後裔であった。現在でもニエルス・ボーアやド・ブローリーのごときは明らかにその子孫である。彼らはただ現時の最高のアカデミックの課程を・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・その時分の生徒は皆恐らく今此所には一人もいないでしょう、卒業したでしょうけれども、しかし貴方がたはその後裔といいますか、跡続ぎ見たような子分見たような者で、その親分をこの教場で度々虐めていた事などがあるから、その子か孫に当るような人などは何・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・宗像加兵衛、同吉太夫の兄弟は、宗像中納言氏貞の後裔で、親清兵衛景延の代に召し出された。兄弟いずれも二百石取りである。五月二日に兄は流長院、弟は蓮政寺で切腹した。兄の介錯は高田十兵衛、弟のは村上市右衛門がした。橋谷は出雲国の人で、尼子の末流で・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫