・・・ 江丸は運命に従うようにじりじり桟橋へ近づいて行った。同時に又蒼い湘江の水もじりじり幅を縮めて行った。すると薄汚い支那人が一人、提籃か何かをぶら下げたなり、突然僕の目の下からひらりと桟橋へ飛び移った。それは実際人間よりも、蝗に近い早業だ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・――「女は年をとると共に、益々女の事に従うものであり、男は年をとると共に、益々女の事から離れるものである。」 しかしこのチエホフの言葉は男女とも年をとると共に、おのずから異性との交渉に立ち入らないと云うのも同じことである。これは三歳の童・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そうして、最も性急ならざる心を以て、出来るだけ早く自己の生活その物を改善し、統一し徹底すべきところの努力に従うべきである。 我々日本人が、最近四十年間の新らしい経験から惹き起されたところの反省は、あらゆる意味に於て、まだ浅い。 もし・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 一足進むと、歩くに連れ、身の動くに従うて、颯と揺れ、溌と散って、星一ツ一ツ鳴るかとばかり、白銀黄金、水晶、珊瑚珠、透間もなく鎧うたるが、月に照添うに露違わず、されば冥土の色ならず、真珠の流を渡ると覚えて、立花は目が覚めたようになって、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 行くに従うて、路は、奥拡がりにぐるりと山の根を伝う。その袂にも桜が充ちた。 しばらく、青麦の畠になって、紫雲英で輪取る。畔づたいに廻りながら、やがて端へ出て、横向に桃を見ると、その樹のあたりから路が坂に低くなる、両方は、飛々差覗く・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ という中にも、随分気の確な女、むずかしく謂えば意志が強いという質で、泣かないが蒼くなる風だったそうだから、辛抱はするようなものの、手元が詰るに従うて謂うまじき無心の一つもいうようになると、さあ鰌は遁る、鰻は辷る、お玉杓子は吃驚する。・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・およそ文学に限らず、如何なる職業でも学術でも既に興味を以て従う以上はソコに必ず快楽を伴う。この快楽を目して遊戯的分子というならば、発明家の苦辛にも政治家の経営にもまた必ず若干の遊戯的分子を存するはずで、国事に奔走する憂国の志士の心事も――無・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・と、叔母さんも彼女の後方に従うよりしかたがなかったのでした。 彼女は、門を出るときに、どうして、みんながあのように、代診で満足しているのだろう? 院長さんには、めったにみてもらえないからかしらんとさえ思いました。そして、彼女はむなしく、・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・猫も杓子も定説に従う。亜流はこの描写法を小説作法の約束だと盲信し、他流もまたこれをノスタルジアとしている。頭が上らない。しかし、一体人間を過不足なく描くということが可能だろうか。そのような伝統がもし日本の文学にあると仮定しても、若いジェネレ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「果して一致しないとならば、理想に従うよりも実際に服するのが僕の理想だというのです」「ただそれだけですか」と岡本は第二の杯を手にして唸るように言った。「だってねエ、理想は喰べられませんものを!」と言った上村の顔は兎のようであった・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫