・・・自分は最後の試みとして、両肥及び平戸天草の諸島を遍歴して、古文書の蒐集に従事した結果、偶然手に入れた文禄年間の MSS. 中から、ついに「さまよえる猶太人」に関する伝説を発見する事が出来た。その古文書の鑑定その他に関しては、今ここに叙説して・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・今後の私は、全力を挙げて、超自然的現象の研究に従事するつもりでございます。閣下は恐らく、一般世人と同様、私のこの計画を冷笑なさる事でしょう。しかし一警察署長の身を以て、超自然的なる一切を否定するのは、恥ずべき事ではございますまいか。 閣・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・私はやはり何者にか申しわけをしながら、自分の仕事に従事しているのだ。……私は元来芸術に対しては深い愛着を持っている。芸術上の仕事をしたら自分としてはさぞ愉快だろうと思うことさえある。しかしながら自分の内部的要求は私をして違った道を採らしてい・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・紅葉の如きは二人とない大才子であるが、坪内君その前に出でて名を成したがために文学上のアンビションを焔やしたのでさもなければやはり世間並の職業に従事してシャレに戯文を書く位で終ったろう。従来片商売として扱われ、作者自身さえ戯作として卑下してい・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・この悪い風潮は黙々として、自己の生産に従事しつゝある、あらゆる階級にまで瀰漫せんとしつゝあります。 私は、児童芸術に没頭していますが、真に、児童の世界を擁護し、児童のためにつくす施設に乏しいのを感ぜずにいられません。浅薄なイデオロギーに・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・それ程、文筆に従事する者は、常にその時の調子一つで、その何れにもあり得るのだ。世間に妥協するも究極は功利に終始するも、蓋し表現の上では、どんなことも書けると言うのである。 ある者は、世間を詐わり、また自己をも詐わるのだ。真剣であるならば・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・ 西は入り江の口、水狭くして深く、陸迫りて高く、ここを港にいかりをおろす船は数こそ少ないが形は大きく大概は西洋形の帆前船で、その積み荷はこの浜でできる食塩、そのほか土地の者で朝鮮貿易に従事する者の持ち船も少なからず、内海を行き来する和船・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 五六人の年若い者が集まって互いに友の上を噂しあったことがある、その時、一人が―― 僕の小供の時からの友に桂正作という男がある、今年二十四で今は横浜のある会社に技手として雇われもっぱら電気事業に従事しているが、まずこの男ほど類の異った・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・またそれとともに、職能というものは真摯にラディカルに従事して行けば、必ず人生哲学的な根本問題に接触してくるものである。医者は生と、精神の課題に、弁護士は倫理と社会制度の問題に、軍人は民族と国際協同の問題に接触せずにはおられない。その最も適切・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・というものは、この磯九郎のような人間、――勿論すっかり同じであるというのではありませんが、殆どこの磯九郎のような人間は、常に当時の実社会と密接せんことを望みつつ著述に従事したところの式亭三馬の、その写実的の筆に酔客の馬鹿げた一痴態として上っ・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
出典:青空文庫