・・・むかし飼槽の中の基督に美しい乳房を含ませた「すぐれて御愛憐、すぐれて御柔軟、すぐれて甘くまします天上の妃」と同じ母になったのである。神父は胸を反らせながら、快活に女へ話しかけた。「御安心なさい。病もたいていわかっています。お子さんの命は・・・ 芥川竜之介 「おしの」
×すべて背景を用いない。宦官が二人話しながら出て来る。 ――今月も生み月になっている妃が六人いるのですからね。身重になっているのを勘定したら何十人いるかわかりませんよ。 ――それは皆、・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・そうして「沈黒江明妃青塚恨、耐幽夢孤雁漢宮秋」とか何とか、題目正名を唱う頃になると、屋台の前へ出してある盆の中に、いつの間にか、銅銭の山が出来る。……… が、こう云う商売をして、口を糊してゆくのは、決して容易なものではない。第一、十日と・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・モアブ人、アンモニ人、エドミ人、シドン人、ヘテ人等の妃たちも彼の心を慰めなかった。彼は生涯に一度会ったシバの女王のことを考えていた。 シバの女王は美人ではなかった。のみならず彼よりも年をとっていた。しかし珍しい才女だった。ソロモンはかの・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・万葉集の巻の三には大津皇子が死を賜わって磐余の池にて自害されたとき、妃山辺の皇女が流涕悲泣して直ちに跡を追い、入水して殉死された有名な事蹟がのっている。また花山法皇は御年十八歳のとき最愛の女御弘徽殿の死にあわれ、青春失恋の深き傷みより翌年出・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 皇族の方々のおんうち、東京でおやしきがお焼けになった方もおありになりましたが、でも幸にいずれもおけがもなくておすみになりましたが、鎌倉では山階宮妃佐紀子女王殿下が御圧死になり、閑院宮寛子女王殿下が小田原の御用邸の倒かいで、東久邇宮師正・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・虫も殺さぬ大慈大悲のお釈迦さまだって、そのお若い頃、耶輸陀羅姫という美しいお姫さまをお妃に迎えたいばかりに、恋敵の五百人の若者たちと武技をきそい、誰も引く事の出来ない剛弓で、七本の多羅樹と鉄の猪を射貫き、めでたく耶輸陀羅姫をお妃にお迎えなさ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 一 夢 百、二百、簇がる騎士は数をつくして北の方なる試合へと急げば、石に古りたるカメロットの館には、ただ王妃ギニヴィアの長く牽く衣の裾の響のみ残る。 薄紅の一枚をむざとばかりに肩より投げ懸けて、白き二の腕さえ明・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・大王はお妃と王子王女とただ四人で山へ行かれた。大きな林にはいったとき王子たちは林の中の高い樹の実を見てああほしいなあと云われたのだ。そのとき大王の徳には林の樹もまた感じていた。樹の枝はみな生物のように垂れてその美しい果実を王子たちに奉った。・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・この時代の歴史の上に父の姓とともに固有の名を記されているのは、極く少数の、藤原氏直系の娘たちだけで、いずれも皇后、妃、中宮などになった人達ばかりである。 藤原氏は、宮廷内のあらゆる隅々まで一族の権力を伸張させるために、抑々藤原鎌足の時代・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫