・・・ 表に夫人の打微笑む、目も眉も鮮麗に、人丈に暗の中に描かれて、黒髪の輪郭が、細く円髷を劃って明い。 立花も莞爾して、「どうせ、騙すくらいならと思って、外套の下へ隠して来ました。」「旨く行ったのね。」「旨く行きましたね。」・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 寂しく微笑むと、掻いはだけて、雪なす胸に、ほとんど玲瓏たる乳が玉を欺く。「御覧なさい――不義の子の罰で、五つになっても足腰が立ちません。」「うむ、起て。……お起ち、私が起たせる。」 と、かッきと、腕にその泣く子を取って、一・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 金岡の萩の馬、飛騨の工匠の竜までもなく、電燈を消して、雪洞の影に見参らす雛の顔は、実際、唯瞻れば瞬きして、やがて打微笑む。人の悪い官女のじろりと横目で見るのがある。――壇の下に寝ていると、雛の話声が聞える、と小児の時に聞いたのを、私は・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・桃の花の微笑む時、黙って顔を見合せた。 子のない夫婦は、さびしかった。 おなじようなことがある。様子はちょっと違っているが、それも修善寺で、時節は秋の末、十一月はじめだから、……さあ、もう冬であった。 場所は――前記のは、桂川を・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 平和と愛と労働者の讃美者であり、宣伝者であり、味方であったミレーは、彼のさびしくも、微笑むような静かな芸術の底に限りない、決して屈せない力を含めている。――若し、この善良な民衆の生活を、脅威するものがあったならば、また破壊するものがあ・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・げにわれは思う、女もし恋の光をその顔に受けて微笑む時は花のごとく輝く天津乙女とも見ゆれど、かの恋の光をその背にして逃げ惑うさまは世にこれほど醜きものあらじと、貴嬢はいかが思いたもうや。 母上との物語をおえて二階なるわが室にかえり、そのま・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・は湯気立ちのぼり、家鶏は荷車の陰に隠れて羽翼振るうさまの鬱陶しげなる、かの青年は孫屋の縁先に腰かけて静かにこれらをながめそのわきに一人の老翁腕こまねきて煙管をくわえ折り折りかたみに何事をか語りあいては微笑む、すなわちこの老翁は青年が親しく物・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・しかし二人は、兎をうつ時のように、微笑むような心持で、楽々と発射する訳には行かなかった。ねらいをきめても、手さきが顫えて銃が思う通りにならなかった。十発足らずの弾丸は、すぐなくなってしまった。二人は銃を振り上げて近づいて来る奴を殴りつけに行・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 婦人は微笑む。「それでしかたがないもんだから、とうとのこのこ役場へやって行ったんでした。くるくる坊主ですねここの村長は」「ええ、ほほほ」「そしたらあの人が親切に心配してくれたんです」「そしてここの小母さんに、私は母とい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・とにこにこ笑いながらハンケチで額の汗を拭っている光景を思うと、私は他意なく微笑む。ほんとによかったと思われる。芥川龍之介を少し可哀そうに思ったが、なに、これも「世間」だ。石川氏は立派な生活人だ。その点で彼は深く真正面に努めている。 ただ・・・ 太宰治 「川端康成へ」
出典:青空文庫