菊池は生き方が何時も徹底している。中途半端のところにこだわっていない。彼自身の正しいと思うところを、ぐん/\実行にうつして行く。その信念は合理的であると共に、必らず多量の人間味を含んでいる。そこを僕は尊敬している。僕なぞは・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・ただ、本間さんの議論が、いつもの通り引証の正確な、いかにも諭理の徹底している、決定的なものだったと云う事を書きさえすれば、それでもう十分である。が、瀬戸物のパイプを銜えたまま、煙を吹き吹き、その議論に耳を傾けていた老紳士は、一向辟易したらし・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・私の小心と魯鈍と無能力とを徹底さして見ようとしてくれるものはなかった。それをお前たちの母上は成就してくれた。私は自分の弱さに力を感じ始めた。私は仕事の出来ない所に仕事を見出した。大胆になれない所に大胆を見出した。鋭敏でない所に鋭敏を見出した・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・なぜなれば、それはじつに、我々自身が現在においてもっている理解のなおきわめて不徹底の状態にあること、および我々の今日および今日までの境遇がかの強権を敵としうる境遇の不幸よりもさらにいっそう不幸なものであることをみずから承認するゆえんであるか・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・そうして、最も性急ならざる心を以て、出来るだけ早く自己の生活その物を改善し、統一し徹底すべきところの努力に従うべきである。 我々日本人が、最近四十年間の新らしい経験から惹き起されたところの反省は、あらゆる意味に於て、まだ浅い。 もし・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・といわねば満足されぬ心には徹底と統一が欠けている。大きくいえば、判断=実行=責任というその責任を回避する心から判断をごまかしておく状態である。趣味という語は、全人格の感情的傾向という意味でなければならぬのだが、おうおうにして、その判断をごま・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・二階から覗いた投機家が、容易ならぬ沙汰をしたんですが、若い燕だか、小僧の蜂だか、そんな詮議は、飯を食ったあとにしようと、徹底した空腹です。 それ以来、涙が甘い。いまそのこぼれるにつけても、さかさに釣られた孤家の女の乳首が目に入って来そう・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・うだが、福翁百話の中には、人間は何か一つ位道楽がなくてはいけない、碁でも将棋でもよい、なんにも芸も道楽もない人間位始末におえないものはないというような事を云うて居る、さすがは福沢翁である、一面の観察は徹底して居る、堕落的下劣な淫楽を事とする・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・懐疑といい疑惑というもその議論は総てドグマの城壁を固めて而してドグマを以て徹底した思想とし安心し切っておる。二葉亭が苦悶を以て一生を終ったに比較して渠らは大いなる幸福者である。 明治の文人中、国木田独歩君の生涯は面白かった。北村透谷君の・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・殊に森は留学時代に日本語廃止論を提唱したほど青木よりも一層徹底して、剛毅果断の気象に富んでいた。 青木は外国婦人を娶ったが、森は明治の初め海外留学の先駈をした日本婦人と結婚した。式を挙げるに福沢先生を証人に立てて外国風に契約を交換す結婚・・・ 内田魯庵 「四十年前」
出典:青空文庫