・・・成程一本のマッチの火は海松ふさや心太艸の散らかった中にさまざまの貝殻を照らし出していた。O君はその火が消えてしまうと、又新たにマッチを摺り、そろそろ浪打ち際を歩いて行った。「やあ、気味が悪いなあ。土左衛門の足かと思った。」 それは半・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・ 冷い酢の香が芬と立つと、瓜、李の躍る底から、心太が三ツ四ツ、むくむくと泳ぎ出す。 清水は、人の知らぬ、こんな時、一層高く潔く、且つ湧き、且つ迸るのであろう。 蒼蝿がブーンと来た。 そこへ…… 六・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・二階といってもただ段の数二ツ、一段低い処にお幾という婆さんが、塩煎餅の壺と、駄菓子の箱と熟柿の笊を横に控え、角火鉢の大いのに、真鍮の薬罐から湯気を立たせたのを前に置き、煤けた棚の上に古ぼけた麦酒の瓶、心太の皿などを乱雑に並べたのを背後に背負・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 分けても、真白な油紙の上へ、見た目も寒い、千六本を心太のように引散らして、ずぶ濡の露が、途切れ途切れにぽたぽたと足を打って、溝縁に凍りついた大根剥の忰が、今度は堪らなそうに、凍んだ両手をぶるぶると唇へ押当てて、貧乏揺ぎを忙しくしながら・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・裏縁に引いた山清水に……西瓜は驕りだ、和尚さん、小僧には内証らしく冷して置いた、紫陽花の影の映る、青い心太をつるつる突出して、芥子と、お京さん、好なお転婆をいって、山門を入った勢だからね。……その勢だから……向った本堂の横式台、あの高い処に・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・魚類では鯖、青刀魚、鰯の如き青ざかな、菓子のたぐいでは殊に心太を嫌って子供には食べさせなかった。 思返すと五十年むかしの話である。むかし目に見馴れた橢円形の黄いろい真桑瓜は、今日ではいずこの水菓子屋にも殆ど見られないものとなった。黄いろ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・蹈み渉る茯苓は伏かくれ松露はあらはれぬ侘禅師乾鮭に白頭の吟を彫五七六調、五八六調、六七六調、六八六調等にて終六言を夕立や筆も乾かず一千言ほうたんやしろかねの猫こかねの蝶心太さかしまに銀河三千尺炭団法師火桶・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・野性的の感○蚕種寒心太製造 隣室の話 男、中年以上姉さんという女 もっと若い女、 芸者でもなし。品のわるい話。工女であった。古女「こんだあ、上野公園や日比谷公園へつれてってくれないかね。」古・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫