・・・多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をして居た。そういう始末でようやく年もくれ冬期休業になった。 僕が十二月二十五日・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き枝を生じてゆくものであると思います。けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・お母さんは、その心掛けで、子供を教育しなければなりません。先ず、学問よりは体の健康が第一です。ある学科が不出来だからといって、必ずしもやかましく子供を叱るに当らない。子供は、自分の好きな学科を修得し、それによって伸びる決意を有しています。し・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・それで、柳吉がしばしばカフェへ行くと知っても、なるべく焼餅を焼かぬように心掛けた。黙って金を渡すときの気持は、人が思っているほどには平気ではなかった。 実家に帰っているという柳吉の妻が、肺で死んだという噂を聴くと、蝶子はこっそり法善寺の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・少なくともかなりな程度の健康を保つことを常に心掛けなくてはならない。それには、一、十一時以後は必ず夜更かしせぬこと。二、寝床のなかで物を考えぬこと。この二つだけ守ればどんなに勉強してもそれほど弱くはならない。これだけは守らねばならぬ。・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・が、向うから、こっちを打った場合、それでもおだやかにと心掛け、打たれていることが出来るか。いや、それは出来ない。で、兵士の数を負けないだけ無理やり、ふやしておかなければならなかった。セミヤノフカへ一個隊行かなければならなことは、こゝで大きな・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・自分は何事でも思立ったほどならば半途で止まずに、その極処まで究めようと心掛けた。自分は飯綱の法を修行したが、遂に成就したと思ったのは、何処に身を置いて寝ても、寝たところの屋の上に夜半頃になればきっと鴟が来て鳴いたし、また路を行けば行く前には・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・私のような兵役免除の丁種が、帝国軍人の妻たる者の心掛けを説こうというのは、どう考えたって少し無理ですよ。 あれの家の前で署長と無言で別れ、私はあれの家の土間にはいって行きました。あなたがこれまで東京に永くいらっしゃったと言っても、やはり・・・ 太宰治 「嘘」
・・・このごろは、友人の作品にも、ひたすら感服するように心掛けています。 これは、画の話ではありませんが、先日、新橋演舞場へ文楽を見に行きました。文楽は学生時代にいちど見たきりで、ほとんど十年振りだったものですから、れいの栄三、文五郎たちが、・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・さらに素直に、心掛けます。「華厳」を、あれから、もう一度、ゆっくり読みかえしてみました。最初、お照が髪を梳いて抜毛を丸めて、無雑作に庭に投げ捨て、立ち上るところがありますけれど、あの一行半ばかりの描写で、お照さんの肉体も宿命も、自然に首・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫