・・・喜三郎は看病の傍、ひたすら諸々の仏神に甚太夫の快方を祈願した。病人も夜長の枕元に薬を煮る煙を嗅ぎながら、多年の本望を遂げるまでは、どうかして生きていたいと念じていた。 秋は益深くなった。喜三郎は蘭袋の家へ薬を取りに行く途中、群を成した水・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・日に日に快方に向っている。 三日まえ、私は、用事があって新橋へ行き、かえりに銀座を歩いてみた。ふと或る店の飾り窓に、銀の十字架の在るのを見つけて、その店へはいり、銀の十字架ではなく、店の棚の青銅の指輪を一箇、買い求めた。その夜、私の・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・自分の病気は日を積むにしたがってしだいに快方に向った。しまいには上草履を穿いて広い廊下をあちこち散歩し始めた。その時ふとした事から、偶然ある附添の看護婦と口を利くようになった。暖かい日の午過食後の運動がてら水仙の水を易えてやろうと思って洗面・・・ 夏目漱石 「変な音」
出典:青空文庫