・・・ 二 書生の恥じるのを欣んだ同船の客の喝采は如何に俗悪を極めていたか! 三 益軒の知らぬ新時代の精神は年少の書生の放論の中にも如何に溌溂と鼓動していたか! 或弁護 或新時代の評論家は「蝟集する」と云う意味に「門前・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それは一つには何かの拍子に煤よりも黒い体を見ると、臆病を恥じる気が起ったからです。けれどもしまいには黒いのがいやさに、――この黒いわたしを殺したさに、あるいは火の中へ飛びこんだり、あるいはまた狼と戦ったりしました。が、不思議にもわたしの命は・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・彼は私が私の不明を恥じるだろうと予測していたのであろう。あるいは一歩進めて、鑑賞上における彼自身の優越を私に印象させようと思っていたのかも知れない。しかし彼の期待は二つとも無駄になった。彼の話を聞くと共に、ほとんど厳粛にも近い感情が私の全精・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・ すでにいいかげん閑文字を羅列したことを恥じる。私は当分この問題に関しては物をいうまいと思っている。 有島武郎 「想片」
・・・(隣の部屋「一本ガランスをつくせよ空もガランスに塗れ木もガランスに描け草もガランスに描け天皇もガランスにて描き奉れ神をもガランスにて描き奉れためらうな、恥じるなまっすぐにゆけ汝の貧乏を一本のガ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・女学生の身でカフェ商売を恥じるのは無理もなかったが、理由はそんな簡単なものだけではなかった。父親を悪い女に奪られたと、死んだ母親は暇さえあれば、娘に言い聴かせていたのだ。蝶子が無理にとせがむので、一、二度「サロン蝶柳」へセーラー服の姿を現わ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・私も、もうすでに度胸がついていたのだ。恥じるよりは憎んだ。あの人の今更ながらの意地悪さを憎んだ。このように弟子たち皆の前で公然と私を辱かしめるのが、あの人の之までの仕来りなのだ。火と水と。永遠に解け合う事の無い宿命が、私とあいつとの間に在る・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・太宰、恥じるところなし。顔をあげて歩けよ。クロ。」「太宰様、その後、とんとごぶさた。文名、日、一日と御隆盛、要らぬお世辞と言われても、少々くらいの御叱正には、おどろきませぬ。さきごろは又、『めくら草紙』圧倒的にて、私、『もの思う葦』を毎・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・いたわりは、自身の強さから。恥じるがいい。 自己弁解でない文章を読みたい。 作家というものは、ずいぶん見栄坊であって、自分のひそかに苦心した作品など、苦心しなかったようにして誇示したいものだ。 私は、私の最初の短篇集『晩年』二百・・・ 太宰治 「創作余談」
・・・自分の醜態の前科を、恥じるどころか、幽かに誇ってさえいた。実に、破廉恥な、低能の時期であった。学校へもやはり、ほとんど出なかった。すべての努力を嫌い、のほほん顔でHを眺めて暮していた。馬鹿である。何も、しなかった。ずるずるまた、れいの仕事の・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫