・・・王子 わたしは何でも、――何でも出来ると思ったのに、お前たちにも恥ずかしいああ、このまま消えてもしまいたいようだ。第一の農夫 そのマントルを着て御覧なさい。そうすれば消えるかも知れません。王子 畜生!よし、いくらでも莫迦にしろ。・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・青島も俺も、自分の仕事を後世に残して恥ずかしいとは思わない。俺たちはみんないわば子供だ。けれども子供がいつでも大人の家来じゃないからな。一同 そうだとも。花田 じゃいいか。俺たち五人のうち一人はこの場合死ななけりゃならないんだ。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ さて膳だが、――蝶脚の上を見ると、蕎麦扱いにしたは気恥ずかしい。わらさの照焼はとにかくとして、ふっと煙の立つ厚焼の玉子に、椀が真白な半ぺんの葛かけ。皿についたのは、このあたりで佳品と聞く、鶫を、何と、頭を猪口に、股をふっくり、胸を開い・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ このとき、吉雄は、顔を真っ赤にして、どんなにか恥ずかしい思いをしなければなりませんでした。 しかし、受け持ちの先生のいったことは、かならずしも正しくなかったことは、ずっと後になってから、吉雄が有名なすぐれた学者になったのでわかりま・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・そんなときは、少年は気恥ずかしい思いがして、穴の中へでも入りたいような気がしましたが、早く温泉場へいって、病気をなおしてから働くということを考えると、恥ずかしいのも忘れて、どんなつらいことも忍耐をする勇気が起こったのです。 こうしておお・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ きよは、泣いたりして恥ずかしいと思ったので、前垂れで、涙をふきました。「私が、まちがって、ちがった鉛筆を買ってきましたので、もうしわけありません。」といいました。「どうして、この鉛筆がいけないの。」と、光子さんはききました。・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・そのことも、また、そのほかの恥ずかしい数々の私の失敗も、私自身、知っている。私は、なんとかして、あたりまえのひとの生活をしたくて、どんなに、いままで努めて来たか、おまえにも、それは、少しわかっていないか。わら一本、それにすがって生きていたの・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・もっと恥ずかしい内輪のものをさえ買ってもらった。けれどもそれが一体どうしたというのだ。私は貧しい医学生だ。私の研究を助けてもらうために、ひとりのパトロンを見つけたというのは、これはどうしていけないことなのか。私には父も無い、母も無い。けれど・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・二十年間、恥ずかしい痩せた小説を、やっと三十篇ばかり発表しました。二十年間、あなたはその間に、立派な全集を、三種類もお出しなさって、私のほうは明治大正の文学史どころか、昭和の文壇の片隅に現われかけては消え、また現われかけては忘れられ、やきも・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・、雲は矢のように疾駆し、ところどころ雲の切れま、洗われて薄い水いろの蒼空が顔を見せて、風は未だにかなり勁く、無法者、街々を走ってあるいていたが、私も負けずに風にさからってどんどん大股であるいてやった。恥ずかしいほどの少年になってしまった。千・・・ 太宰治 「狂言の神」
出典:青空文庫