・・・ この悪党めが! 貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ! この悪党めが!」一 三年前の夏のことです。僕は人並みにリュック・サックを背負い、あの上高地の温泉宿か・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・――これが又右の手には小銃を持ち、左の手にはピストルを持って一時に二人射殺すと言う、湖南でも評判の悪党だったんだがね。………」 譚は忽ち黄六一の一生の悪業を話し出した。彼の話は大部分新聞記事の受け売りらしかった。しかし幸い血のよりもロマ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・すると阿呆や悪党を除けば、何びとも何かに懺悔せずには娑婆苦に堪えることは出来ないのかも知れない。 又 しかしどちらの懺悔にしても、どの位信用出来るかと云うことはおのずから又別問題である。 「新生」読後・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかし彼の経験によれば、子供でも悪党のない訣ではない。それをことごとく神聖がるのは世界に遍満したセンティメンタリズムである。「お嬢さんはおいくつですか?」 宣教師は微笑を含んだ眼に少女の顔を覗きこんだ。少女はもう膝の上に毛糸の玉を転・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・が、豊島の人間にある愛す可き悪党味は、その芸術からは得られない。親しくしていると、ちょいと人の好い公卿悪と云うような所がある。そうしてそれが豊島の人間に、或「動き」をつけている。そう云う所を知って見ると、豊島が比較的多方面な生活上の趣味を持・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・ほんとうに女形が鬘をつけて出たような顔色をしていながら、お米と謂うのは大変なものじゃあございませんか、悪党でもずっと四天とその植木屋の女房が饒舌りました饒舌りました。 旦那様もし貴方、何とお聞き遊ばして下さいますえ。」 判事は右手の・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・私はもう自分の悪党にあきれてしまった。何だってあんな非度いことを民子に言ったっけかしら。今更なんぼ悔いても仕方がないけど、私は政夫……民子にこう云ったんだ。政夫と夫婦にすることはこの母が不承知だからおまえは外へ嫁に往け。なるほど民子は私にそ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ この悪党野郎が!……」おせいはこんなことまで言いだして、血相を変えて、突かかってきた。「ばか! 誰がそんなことを言った?……お前の腹の子を大事に思えばこそ、誰も親身のもののいないこうした下宿なんかで、育てたくないと言ってるんじゃないか・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば、御意はよし往なんとぞ思う俊雄は馬に鞭御同道仕つると臨時総会の下相談からまた狂い出し名を変え風俗を変えて元の土地へ入り込み黒七子の長羽織に如真形の銀煙管いっそ悪党を売物と毛遂が嚢の錐ずっと突っ込んで・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「たいへんな事を言いやがるなあ、先生、すっかりもう一人前の悪党だ。それではもう警察へお願いするより手がねえぜ」 その言葉の響きには、私の全身鳥肌立ったほどの凄い憎悪がこもっていました。「勝手にしろ!」と叫ぶ夫の声は既に上ずって、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫