・・・きっとまた御隣の別荘の坊ちゃんが、悪戯をなすったのでございますよ。」「いいえ、御隣の坊ちゃんなんぞじゃなくってよ。何だか見た事があるような――そうそう、いつか婆やと長谷へ行った時に、私たちの後をついて来た、あの鳥打帽をかぶっている、若い・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・科戸の神はまだ一度も、そんな悪戯はしていません。が、そう云う信仰の中にも、この国に住んでいる我々の力は、朧げながら感じられる筈です。あなたはそう思いませんか?」 オルガンティノは茫然と、老人の顔を眺め返した。この国の歴史に疎い彼には、折・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・仁右衛門は悪戯者らしくよろけながら近寄ってわっといって乗りかかるように妻を抱きすくめた。驚いて眼を覚した妻はしかし笑いもしなかった。騒ぎに赤坊が眼をさました。妻が抱き上げようとすると、仁右衛門は遮りとめて妻を横抱きに抱きすくめてしまった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・配達車のそばを通り過ぎた時、梶棒の間に、前扉に倚りかかって、彼の眼に脚だけを見せていた子供は、ふだんから悪戯が激しいとか、愛嬌がないとか、引っ込み思案であるとかで、ほかの子供たちから隔てをおかれていた子に違いない。その時もその子供だけは遊び・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・池の周囲はおどろおどろと蘆の葉が大童で、真中所、河童の皿にぴちゃぴちゃと水を溜めて、其処を、干潟に取り残された小魚の泳ぐのが不断であるから、村の小児が袖を結って水悪戯に掻き廻す。……やどかりも、うようよいる。が、真夏などは暫時の汐の絶間にも・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・……ああ、悪戯をするよ。」 と言った。小母さんは、そのおばけを、魔を、鬼を、――ああ、悪戯をするよ、と独言して、その時はじめて真顔になった。 私は今でも現ながら不思議に思う。昼は見えない。逢魔が時からは朧にもあらずして解る。が、・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ その頃何処かの洒落者の悪戯であろう、椿岳の潤筆料五厘以上と吹聴した。すると何処からか聞きつけて「伯父さん、絵を描いておくれ」と五厘を持って来る児供があった。コイツ面白いと、恭やしく五厘を奉書に包んで頼みに来る洒落者もあった。椿岳は喜ん・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・何等内部的の努力なしに、文章上の彫琢をことゝするのは悪戯であるといってよい。 そこで、余はそういう人々に向って、次のように問おうと思う。「何のために書くか」「何故に書くか」と。 何のために書くかの問いに対しては、自己のために・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・担ぎ屋も同感で、いつか蝶子、柳吉と三人連れ立って千日前へ浪花節を聴きに行ったとき、立て込んだ寄席の中で、誰かに悪戯をされたとて、キャッーと大声を出して騒ぎまわった蝶子を見て、えらい女やと思い、体裁の悪そうな顔で目をしょぼしょぼさせている柳吉・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 読者は幼時こんな悪戯をしたことはないか。それは人びとの喧噪のなかに囲まれているとき、両方の耳に指で栓をしてそれを開けたり閉じたりするのである。するとグワウッ――グワウッ――という喧噪の断続とともに人びとの顔がみな無意味に見えてゆく。人・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
出典:青空文庫