・・・しかし悲しいながらも自分の運命と和睦している、不平のない声で云った。 フィンクは驚き呆れた風で、間を悪げに黙った。そして暗い所を透かして見たが、なんにも見えなかった。空気はむっとするようで、濃くなっているような心持がする。誰がなんの夢を・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ですがその奥さまというのが、僕のためにはナンともいえない好い方で、その方の事を考えても、話にしても、何だか妙に嬉しいような悲しいような心持がして来るんです。美人といえばそれまでですが、僕はあんな高尚な、天人のような美人は見た事がないんです。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・死は人生の常で、わが子ばかりが死ぬのではないが、しかし人生の常事であっても、悲しいことは悲しい。悲しんだとて還っては来ないのだから、あきらめよ、忘れよといわれるが、しかし忘れ去るような不人情なことはしたくないというのが親の真情である。悲しみ・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫