・・・という言葉の悲哀を、つくづく身に感じます。 ツイ近ごろのことです、私は校友会の席で、久しぶりで鷹見や上田に会いました。もっともこの二人は、それぞれ東京で職を持って相応に身を立てていますから、年に二度三度会いますが、私とは方面が違うので、・・・ 国木田独歩 「あの時分」
少年の歓喜が詩であるならば、少年の悲哀もまた詩である。自然の心に宿る歓喜にしてもし歌うべくんば、自然の心にささやく悲哀もまた歌うべきであろう。 ともかく、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語ってみようと思うのである。・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ ああ果たしてしからんか、あるいは孤独、あるいは畏懼、あるいは苦痛、あるいは悲哀にして汝を悩まさん時、汝はまさにわがこの言を憶うべし。 他日もし、われまた汝を見るあたわざるの地にあらんか、汝まさにわれと共にこの清泉の岸に立ちしことを・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・現在それが悲哀の表情であれば、自ら悲哀を感じる。これは他人の内生を共生すること、すなわち同情である。利他主義はこの同情という心理的事実にもとづくものである。人はいやしくも他人の願望を知れば、その実現を妨ぐる事情なき限り、自分の願望と等しく、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そうすればちょっとした出来事にも深い運命や悲哀やまた美の調和や不調和やつまり人生に対する愛と悲しみの意識がだんだんこまやかになるものである。この心持はすなわち良い作の生まれる原動力になる。一、よく読書すること。われわれの・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・それはやはり自分の運命が拙いのであって、人間が初めから別離の悲哀を思うて恐れをもって相対することをすすめる気にはもちろんなれない。やはり自然に率直に朗らかに「求めよさらば与えられん」という態度で立ち向かうことをすすめたい。 けれども有限・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・死者は、なんの感ずるところなく、知るところなく、よろこびもなく、かなしみもなく、安眠・休歇にはいってしまうのに、これを悼惜し、慟哭する妻子・眷属その他の生存者の悲哀が、幾万年かくりかえされた結果として、なんびとも、死は漠然とかなしむべし、お・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・るべき死者其人に取っては、何の悼みも悲みもあるべき筈はないのである、死者は何の感ずる所なく、知る所なく、喜びもなく、悲しみもなく、安眠・休歇に入って了うのに、之を悼惜し慟哭する妻子・眷族其他の生存者の悲哀が幾万年か繰返されたる結果として、何・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・彼女が別れ際に残して行った長い長い悲哀を考えた。 恐らく、彼女は今幸福らしい……無邪気な小鳥…… 彼女が行った後の火の消えたような家庭……暗い寂しい日……それを考えたら何故あんな可愛い小鳥を逃がして了ったろう……何故もっと彼女を大切・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・高邁の理想のために、おのれの財も、おのれの地位も、塵芥の如く投げ打って、自ら駒を陣頭にすすめた経験の無い人には、ドン・キホオテの血を吐くほどの悲哀が絶対にわからない。耳の痛い仁も、その辺にいるようである。 私の理想は、ドン・キホオテのそ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
出典:青空文庫