・・・しかも彼の一生の悲喜劇は多少の修正を加えさえすれば、僕の一生のカリカテュアだった。殊に彼の悲喜劇の中に運命の冷笑を感じるのは次第に僕を無気味にし出した。僕は一時間とたたないうちにベッドの上から飛び起きるが早いか、窓かけの垂れた部屋の隅へ力一・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・若い法学士はというと、彼はこの思いがけない最後の――作家なぞという異った社会の悲喜劇? に対してひどく興味を感じたらしく、入口の柱にもたれて皆なの後ろから、金縁の近眼鏡を光らして始終白い歯を見せてニヤリニヤリしていた。…… 私はひどく疲・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・似非風流や半可通やスノビズムの滑稽、あまりに興多からんことを求めて却って興をさます悲喜劇、そういったような題材のものの多くでは、これをそのままに現代に移しても全くそのままに適合するような実例を発見するであろう。十四世紀の日本人に比べて二十世・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ 職場の組合の中では、この問題が実に微妙に悲喜劇的に現われる。わかった人は実によくわかっている。だけれども、所によっては憲法がかわろうが民法がかわろうが、男は男だという「見識」を強くもっていて、やはり命令者としての感情を捨てきらない若い・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・というマークは持ち主の身上を街上にさらして或る意味では示威しているような結果にもなり、そこにはそこでの悲喜劇もあるだろう。その車から出た老人は店員が頭を下げている前を通って店内に消えた。堂々たる飾窓のなかにある女の身のまわり品の染直しものだ・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・それがでたらめの噂でなかった証拠には、トルーマンの当選が確認された翌五日、『朝日新聞』には、『主婦之友』が先ばしりの悲喜劇をあらわにして、特派記者による奇蹟的会見記という特報でデューイ夫妻会見記を仰々しく広告している。このでんで、『主婦之友・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・を提唱し、勇躍して満州へ行く悲喜劇的な姿も、結局はこれまでそれ程に作家の生活には世間人並のつきあいがなかったと言うことであり、それ程政治家等の文学に就いての関心が欠けていたことを語るに過ぎない。日本に於ける作家の社会的立場の特異性、貧弱さは・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・もう、わたしたちは、きょうになってまでも、また再びそういう悲喜劇をくりかえしたいとは思っていない。 こまかく言えば、ここに集められている評論のあるものは未熟であるし、あるものは、問題を追究しつくしていないところもある。けれども、未来の達・・・ 宮本百合子 「序(『歌声よ、おこれ』)」
・・・ヒューマニズムの文学というような豊かで範囲も広い筈の提唱が起っているのに、まさにその時、文芸評論はその理論性を失って独白化し随筆化して来ていることが注目されたというのは当時の日本文学のどういう悲喜劇であったろうか。 この時期ナンセンスな・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・るという鉤をつかって引掴まれ、計らずも一九三四年の困難な日本に、リアリズムを十九世紀初頭のブルジョア写実主義へまで押し戻そうとする飾人形として、悲喜劇的登場をよぎなくされたのであった。「人間喜劇」の作者が、エンゲルスによってその政治的見・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫