・・・それほどでもない異性を恋して、大きな傷を受けるほど愚かしいことはない。 ときとして、性格によっては、恋人が欲しくてたえられないときがあるものだ。それは愛と美との要求が高まって相手が欲しくてたまらなくなるのだが、そんなとき気違いじみたこと・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ われながら愚かしい意見だとは思ったが、言っているうちに、眼が熱くなって来た。「竹内トキさん。」 と局員が呼ぶ。「あい。」 と答えて、爺さんはベンチから立ち上る。みんな飲んでしまいなさい、と私はよっぽどかれに言ってやろう・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・ヘルベルト・オイレンベルグさんは、そんな愚かしい家庭のトラブルなど惹き起したお方では無いのであります。この小品の不思議なほどに的確な描写の拠って来るところは、恐らくは第一の仮説に尽くされてあるのではないかと思います。それは間違いないのであり・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落目だ。一日生き延びれば、生き延びただけ、あさはかな醜態をさらすだけだ。花は、しぼまぬうちこそ、花である。美しい間に、剪らなければならぬ。あの人を、一ばん愛しているの・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・青木さんも、目もと涼しく、肌が白くやわらかで、愚かしいところの無いかなりの美人ではあったが、キヌ子と並べると、まるで銀の靴と兵隊靴くらいの差があるように思われた。 二人の美人は、無言で挨拶を交した。青木さんは、既に卑屈な泣きべそみたいな・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・笑われても殺されてもいい、一生に一度のおねがい、お医者さまに行って来て下さい、わるい男に抱かれたことございます、と或る朝、十郎様に泣き泣きお願いしたとかいう、その愚かしい愛人のために、およろこび申上げます。おゆるし下さい。私は、それを、くだ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・愚問を連発する、とは言っても、その人が愚かしい人だから愚問を連発するというわけではない。その人だって、自分の問いが、たいへん月並みで、ぶざまだという事は百も承知である。質問というものは、たいてい愚問にきまっているものだし、また、先輩の家へ押・・・ 太宰治 「散華」
・・・非常に気まずく、自分を愚かしいものに感じながらデレンコフのパン店で働いていると、三月の或る日、集会で知り合い、その沈着な様子でゴーリキイの心にひそかな信頼を抱かせていたロマーシが訪ねて来た。彼は静かに話しだした。「ところで俺のところへや・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・「これまで愚かしい生活をして来て自分の好きなまねばかりしていたが、絶えず物足りない心持で、決して幸福でない」父。マリアの養育のためには一スウの金も出さないのに、成長した美しい娘の上に威力をしめそうとする父。まだ美人といえる若さだのに、不・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫