・・・ と頬に顔をかさぬれば、乳を含みつつ、愛らしい、大きな目をくるくるとやって、「鼬が、阿母さん。」「ええ、」 二人は顔を見合わせた。 あるじは、居寄って顔を覗き、ことさらに打笑い、「何、内へ鼬なんぞ出るものか。坊や、鼠・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・――親のない雀は、うつくしく愛らしい小鳥に、教えられ、導かれて、雪の不安を忘れたのである。 それにつけても、親雀は何処へ行く。―― ――去年七月の末であった。……余り暑いので、愚に返って、こうどうも、おお暑いでめげては不可い。小・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 妻のお政はすやすやと寝入り、その傍に二歳になる助がその顔を小枕に押着けて愛らしい手を母の腮の下に遠慮なく突込んでいる。お政の顔色の悪さ。さなきだに蒼ざめて血色悪しき顔の夜目には死人かと怪しまれるばかり。剰え髪は乱れて頬にかかり、頬の肉・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・』 しかし文造は梅子の優しい言葉、その微笑、その愛らしい目元、見かわすごとに愛と幸いとで輝いた目元を想い起こすと、堪ゆべからざる悲痛が胸を衝いて来た。あらあらしく頭を壁に押しつけてもがいた。座ぶとんに顔を埋めてしばらく声をのんで哭した。・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・はじめてこの時少年の面貌風采の全幅を目にして見ると、先刻からこの少年に対して自分の抱いていた感想は全く誤っていて、この少年もまた他の同じ位の年齢の児童と同様に真率で温和で少年らしい愛らしい無邪気な感情の所有者であり、そしてその上に聡明さのあ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・その兎に似た愛らしい秀才の答案には、新進作家の名前が記されていたのである。われはこの有名な新進作家の狼狽を不憫に思いつつ、かのじじむさげな教授に意味ありげに一礼して、おのが答案を提出した。われはしずしずと試験場を、出るが早いかころげ落ちるよ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・子供の顔はよく両親に似ている、二人のまるでちがった容貌がその児の愛らしい顔の中ですっかり融和されてしまってどれだけが父親、どれだけが母親のと見分けはつかぬ。児の顔を見て後に両親を見くらべるとまるでちがった二つの顔がどうやら似通って見えるのが・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
三十七年の夏、東圃君が家族を携えて帰郷せられた時、君には光子という女の児があった。愛らしい生々した子であったが、昨年の夏、君が小田原の寓居の中に意外にもこの子を失われたので、余は前年旅順において戦死せる余の弟のことなど思い・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・の夏子の愛くるしさは躍如としているし、その愛らしい妹への野々村の情愛、夏子を愛する村岡の率直な情熱、思い設けない夏子の病死と死の悲しみにたえて行こうとする村岡の心持など、いかにもこの作者らしい一貫性で語られている。 こういう文章のたちと・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・ 見ると、稍々灰色を帯びた二つの瞳は大して美麗ではないが、いかにもむくむくした体つきが何とも云えず愛らしい。頭、耳がやはり波を打ったチョコレート色の毛で被われ、鼻柱にかけて、白とぶちになって居る。今に大きくなり、性質も悠暢として居そ・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
出典:青空文庫