・・・ も一ツ古い談をしようか、これは明末の人の雑筆に出ているので、その大分に複雑で、そしてその談中に出て来る骨董好きの人や骨董屋の種の性格風ふうぼうがおのずと現われて、かつまた高貴の品物に搦む愛着や慾念の表裏が如何様に深刻で険危なものである・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・子孫の計がいまだならず、美田をいまだ買いえないで、その行く末を憂慮する愛着に出るのもあろう。あるいは単に臨終の苦痛を想像して、戦慄するのもあるかも知れぬ。 いちいちにかぞえきたれば、その種類はかぎりもないが、要するに、死そのものを恐怖す・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・権勢、扨は財産を打棄てねばならぬ残り惜しさの妄執に由るのもある、其計画し若くば着手せし事業を完成せず、中道にして廃するのを遺憾とするのもある、子孫の計未だ成らず、美田未だ買い得ないで、其行末を憂慮する愛着に出るのもあろう、或は単に臨終の苦痛・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・すると、急にその女の同志に対する愛着の感じが胸をうってきた。その女の人は今どうしているだろう? つかまらないで、まだ仕事をしているだろうか。 自動車は警笛をならした。そこは道が狭まかったのだ。おかみさんはチョッとこっちを振りかえったが、・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ けれども、井伏さんほど、そのにおいに哀しい愛着をお持ちになっていらっしゃる方を私は知らない。学生時代にボートの選手をしていたひとは、五十六十になっても、ボートを見ると、なつかしいという気持よりは、ぞっとするものらしいが、しかし、また、・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・とっては、その間に様々の思い出もあり、また自身の体験としての感懐も、あらわにそれと読者に気づかれ無いように、こっそり物語の奥底に流し込んで置いた事でもありますから、私一個人にとっては、之は、のちのちも愛着深い作品になるのではないかと思って居・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 以上挙げた二十五箇所の中で、私には千葉船橋町の家が最も愛着が深かった。私はそこで、「ダス・ゲマイネ」というのや、また「虚構の春」などという作品を書いた。どうしてもその家から引き上げなければならなくなった日に、私は、たのむ! もう一晩こ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・物慾皆無にして、諸道具への愛着の念を断ち切り涼しく過し居れる人と、形はやや相似たれども、その心境の深浅の差は、まさに千尋なり。十四、わが身にとりて忌むもの多し。犬、蛇、毛虫、このごろのまた蠅のうるさき事よ。ほら吹き、最もきらい也。十・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・まずしい創作集ではあったが、私には、いまでも多少の愛着があるのである。なぜなら、その創作集の中の作品は、一様に甘く、何の野心も持たず、ひどく楽しげに書かれているからである。いわゆる力作は、何だかぎくしゃくして、あとで作者自身が読みかえしてみ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そうして誌された内容とは無関係にそこに取り扱われている土地その物に対する興味と愛着を呼び起こす。 専門の学術の参考書でもよく似た事がある。何かある題目に関して広く文献を調べようという場合にはいろいろなエンチクロペディやハンドブーフという・・・ 寺田寅彦 「案内者」
出典:青空文庫