・・・「感心に中々勇敢だな。」「まだ背は立っている。」「もう――いや、まだ立っているな。」 彼等はとうに手をつながず、別々に沖へ進んでいた。彼等の一人は、――真紅の海水着を着た少女は特にずんずん進んでいた。と思うと乳ほどの水の中に・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・しかしどうも世の中はうっかり感心も出来ません、二三歩先に立った宿の主人は眼鏡越しに我々を振り返ると、いつか薄笑いを浮かべているのです。「あいつももう仕かたがないのですよ。『青ペン』通いばかりしているのですから。」 我々はそれから「き・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・堂脇はこんなふうに歩いて、お嬢さんはこんなふうに歩いてそうして俺の脇に突っ立って画を描くのをじっと見ていたっけが、庭にはいりこんだのを怒ると思いのほか、ふんと感心したような鼻息を漏らした。お嬢さんまでが「まあきれいだこと」と御意遊ばした。僕・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 僕は伊藤はやはりよく出来るのだなと感心しました。 おや、僕の帽子はどうしたろうと、今まで先生の手にある銅貨にばかり気を取られていた僕は、不意に気がつくと、大急ぎでそこらを見廻わしました。どこで見失ったか、そこいらに帽子はいませんで・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」 奴は心づいて笑い出し、「ははは、所・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・それでも婆さん、親分と名のつくものは感心だよ。いやおっかアに無理はねい。金公が悪い。金公金公、金公どうしたっていうもんだから、金公もきまり悪く元の所へ戻ってくると、その始末で、いやはよっぽどの見もんであったとよ」「そりゃおかしかったなア・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・と、お袋は三味を横へおろして、「よく覚えているだけ感心だ、わ。――先生、この子がおッ師匠さんのところへ通う時ア、困りましたよ。自分の身に附くお稽古なんだに、人の仕事でもして来たようにお駄賃をくれいですもの。今もってその癖は直りません、わ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・参詣人が来ると殊勝な顔をしてムニャムニャムニャと出放題なお経を誦しつつお蝋を上げ、帰ると直ぐ吹消してしまう本然坊主のケロリとした顔は随分人を喰ったもんだが、今度のお堂守さんは御奇特な感心なお方だという評判が信徒の間に聞えた。 椿岳が浅草・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 哀れな木の芽は、風のいうことをともかくも感心して聞いていましたが、「それなら、どうしたら、私は強くなるのですか。」と、木の芽は、風に問いました。 風は、いちだんと悲痛な調子になって、「それには、俺がおまえを鍛えるよりしかた・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・そんな訳で、奉公したては、旦那が感心するくらい忠実に働くのだが、少し飽きてくると、もういたたまれなくなって、奉公先を変えてしまうのです。 十五の歳から二十五の歳まで十年の間、白、茶、青と三つの紐の色は覚えているが、あとはどんな色の紐の前・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫