・・・私が一度、いい万年筆を選んで、自分で使い慣らしてからインキを一瓶つけて持たせてやったことがあるが、そのインキがブリウブラクだったから気に入らなかったそうである。夏目漱石さんはあらゆる方面の感覚にデリケートだったのは事実だろうが、別けても色に・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・「イイエそうではないのでございます、全く自己流で、ただ子供の時から好きで吹き慣らしたというばかりで、人様にお聞かせ申すものではないのでございます、ヘイ」「イヤそうでない、全くうまいものだ、これほど技があるなら人の門を流して歩かないで・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ところがその男のよく飼い馴らしたと見える鴉が一羽この男の右の片膝に乗って大人しくすまし込んでいる。そうして時々仔細らしく頭を動かしてあちらを向いたりこちらを向いたり、仰向いたり俯向いたりするのが実に可愛い見物である。しかるに、不思議なことに・・・ 寺田寅彦 「鴉と唱歌」
・・・しかしいずれも先祖代々百年も使い馴らしたようなものばかりであった。道具も永く使い馴らして手擦れのしたものには何だか人間の魂がはいっているような気がするものであるが、この羅宇屋の道具にも実際一つ一つに「個性」があったようである。なんでも赤あか・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ うちの子供らがあひるを慣らしているのを見て、今まではいっこうにあひるに対する興味がないか、あるいは追い回す以外の可能性を考えなかった近所の子供たちも、とんぼをつかまえて来たりあき鑵にいっぱいいなごを取ってはあひるに食わせることを覚えて・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 子供のみならず、今度は妻までも口を出してこの三毛を慣らして飼う事を希望したが、私はやっぱりそういう気にはなれなかった。しかしこのきかぬ気の勇敢な子猫に対して何かしら今までついぞ覚えなかった軽い親しみあるいは愛着のような心持ちを感じた。・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・彼は暫く闇に眼を馴らした後、そこに展げられた絵を見た。 チェンロッカーの蓋の上には、安田が仰向きに臥ていた。 三時間か四時間の間に、彼は茹でられた菜のように、萎びて、嵩が減って、グニャグニャになっていた。 おもては、船特有の臭気・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・可し、下女下男にも人物様々、時としては忠実至極の者なきに非ざれども、是れは別段のことゝして、本来彼等が無資産無教育なる故にこそ人の家に雇わるゝことなれば、主人たる者は其人物如何に拘らず能く之を教え之を馴らし、唯親切を専らにして夫れ/″\の家・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・彼は自分の美しい若い妻を、女に知識は必要ないという主義で馴らしていたから、アンネットの裡に全然別種な、自分と共鳴することによって異常な興味を呼び醒された一箇の女性を発見したのであった。 この恋愛も破滅した。原因は、男の強大な主我主義と肉・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・日常の実践のなかからおこなわれて来たことです、革命当時、どの女にとっても新しい一日は新しい一世紀みたいだった、仕事はうんとある、人が足りない、今までは引こんでいた女が場所につく、直ぐ新しい仕事に自分を馴らし、刻々推移する事情を判断し、自身い・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫