・・・わずかに、お君の美貌が軽部を慰めた。 某日、軽部の同僚と称して、蒲地某が宗右衛門の友恵堂の最中を手土産に出しぬけに金助を訪れ、呆気にとられている金助を相手によもやまの話を喋り散らして帰って行き、金助にはさっぱり要領の得ぬことだった。ただ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・最初の動機は、Fの意気地なしの懲しめと慰めとを兼ねて一週間も遊びに帰えすつもりだったのが、つい自分ながらいくらか意外なような結果になったのだった。しかしこうした場合だから迷わんで断行した方がいいと私はしいて気を張っていたが、さすがにFと別れ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・そして笑った、そして泣いた、そして言葉を尽くして慰めた。 ああ故郷! 豊吉は二十年の間、一日も忘れたことはなかった、一時の成功にも一時の失敗にも。そして今、全然失敗して帰ッて来た、しかしかくまでに人々がわれに優しいこととは思わなかった。・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・思いが深かっただけ傷は深く、軽い慰めの語はむしろ心なき業であるが、しかも忍び通さねばならないのだ。これを正しく忍び通した者は一生動かない精神的態度の純潤性と深みとを得る。死なれた場合が最も悲しみが永い。しかしこれとても時と摂理のいやしの力が・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・鶏に呉れてやる女には、これはよいことだが、一週間に一度だけ内地米を食って息をついていた子供らにはこれはなか/\慰められないおお事である。 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 細君はいいほどに主人を慰めながら立ち上って、更に前より立優った美しい猪口を持って来て、「さあ、さっぱりとお心持よく此盃で飲って、そしてお結局になすったがようございましょう。」と慇懃に勧めた。が、主人はそれを顧みもせずやっぱり毀・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・五月――寂しい旅情は僅かに斯ういうことで慰められたのである。 しばらくして、水汲みから帰って来た下女に聞くと、その男は自分の家を出ると直に一膳めしの看板をかけた飲食店へ入ったという。其時自分は男の言葉を思出して、「まだ朝飯も食べません。・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・僕は、おまえなんかに慰めてもらおうとは思っていない。女は、もっと女らしくするがいい。不愉快だ。僕は、もうかえる。話なんて、ほかに何もないんだろう?」言っているうちに、わけのわからぬ、ひどい屈辱を感じて来た。失敬なやつだ。僕を遊び仲間にしよう・・・ 太宰治 「花燭」
・・・の巻頭に現われるあの平野とその上を静かに流れる雲の影のシーンには、言い知らぬ荒涼の趣があり慰めのない憂愁を含んでいるが、ここでは反対に旺盛な活力の暗示がある。そうしてそのあとに豊富な果樹の収穫の山の中に死んで行く「過去」の老翁の微笑が現われ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・私がもし古美術の研究家というような道楽をでももっていたら、煩いほど残存している寺々の建築や、そこにしまわれてある絵画や彫刻によって、どれだけ慰められ、得をしたかしれなかったが――もちろん私もそういう趣味はないことはないので、それらの宝蔵を瞥・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫